相談者M
作品全体がホラーテイストです。
暗すぎず、重すぎずを心がけました。
日常的な恐怖から、非現実的なものまで書いていきます。
***の日記
○月×日
裏山の小屋で たおれている動物を見つけた。
雨にぬれてかわいそうだったので 家にいさせてあげることにした。
さわると体はつめたくて とてもよわってるみたいだ。
ぼくはそいつをマルタと名づけた。
マルタは ぼくが前にかっていた犬の名まえ!
だからこいつはマルタ2号だ!
廊下が珍しくざわついている。廊下を走る、じたばたと騒がしい音が教室に近づいていた。神和咲鳥はもしやと思い日記帳をとじる。
「神和いる!」
扉が開かれてすぐ、聞きなれた不躾な声がクラスに響いた。他の生徒の好奇の目を気にしていないらしく、咲鳥の姿を見つけると、高瀬朝陽は大股でクラスに入ってきた。
神和咲鳥はとっさに日記を机にしまう。雨水がしたたる音をちらりと見てから、朝陽を見上げる。
「よっ、おつかれ!」
話声もまばらな教室で、朝陽のよく通る声が響いた。白い箱を抱えた朝陽が、人を選ばない愛嬌のある笑顔を咲鳥に向ける。
「おつかれ、朝陽くん」
昼休みの十分休憩にも勉強している生徒は少なくないため、咲鳥は周りを気にした。
数人が、朝陽の金に染まった髪をちらちらとのぞき見ている。第一校舎に金髪の生徒はいない。第二校舎の生徒が第一校舎に来ること自体が珍しいこともあって、朝陽は悪目立ちしていた。
場所を変えよう伝えようとしたとき、朝陽は抱えていた白い箱を咲鳥の前にドンと置いた。咲鳥は箱と朝陽を交互に見る。
「新しい扉を開いてみないか」
「開かないよ」
「即答かよ」
朝陽は「そうじゃなくて!」と続ける。
「一つくじを引いてってこと!」
「いや、遠慮しておくよ」
「もうちょい考えてくれてもよくない⁉ いいから! さあ、さあ!」
箱には、腕を入れられる穴があいてある。それがまた不格好で、一目で、朝陽が無理やりあけたものだとわかった。
「………」
早く要件をすませてしまおうと、咲鳥はしぶしぶ箱に手を入れる。まさか生き物が入っていないだろうなと、恐るおそる手を動かした。小指がなにかに触れて、ぴくりと指を縮こませるが、よくよく触ってみると普通の紙の質感だった。咲鳥は紙をつまんで箱から腕を引く。
「なにこれ?」
それは、四つに折りたたまれた紙だった。
「まあ、開けてみ」
咲鳥が紙を開くと、紙には『セクシャルマイノリティを考慮し、更衣室は男女共同にすべし』と殴り書きされていた。名前のない、匿名の意見だ。
もっともらしい言葉の裏に潜む低俗的な思考に、咲鳥の頬がひきつる。書き手がこれを面白半分で書いたことは透けて見えた。
「なにこれ」
先ほどよりも咲鳥の声が低くなる。
「お悩み&意見ボックス」
朝陽は、なにも気にしていないように言った。
「意見ボックスって、生徒会の?」
「なわけないじゃん!」
その言葉に、それもそうかと安堵する。生徒会でもない朝陽が、ボックスをくすねてきた挙句、穴をあけて、アンケートの内容を他生徒である咲鳥に見せているとなれば大問題だ。
「黒田特製、お悩み相談ボックスな」
幼馴染の名前に咲鳥は一瞬、動きを止める。
「(黒田)樹くんが作ったんだ」
「そうそう、新聞部のネタ集めにって」
「意見や悩み相談を受け付けているんだよね?」
咲鳥の幼馴染である黒田樹は新聞部の部員だ。そのためよく学校の生徒に取材をしていたが、それだけに飽き足らず、悩み相談と称して生徒の話を記事のネタにしようとしているようだ。
「人助けにもなるし、黒田は記事をかける。一石二鳥じゃん?」
付け足すように言った朝陽に、咲鳥は先ほどの紙を見せた。朝陽は、「ほほう」と、感心したように頷く。
「ゴミみたいなやつらが炙りだせたな。ほら、一石二鳥だろ?」
口だけはよく回る。咲鳥は、いつもながらに調子のいい朝陽に苦笑した。
「そんでさ、神和にお願いがあるんだよねえ」
頼みごとをしているわりに、朝陽はへらへらと腰のない喋り方だった。これは、いつものように面倒ごとを持ってきたのだと直感した。
「お願いって?」
面倒ごとだとはわかりつつ、咲鳥は朝陽に要件を聞く。これもいつものことだった。
「それがさ……」
「君、第二校舎の生徒だよね?」
朝陽が言いかけて、声をかけられる。朝陽のすぐうしろに、クラス委員長の金子直也が立っていた。直也は強張った視線を朝陽に向けている。
「ああ、そうっすね……」
直也の表情から、今から怒られるのだとさとった朝陽は、しおらしい態度を見せた。
「クラスでは静かにしてもらわないと。他の生徒たちは、勉強しているんだから」
「すみません、うちのクラスのノリで、うるさくしちゃいました」
すんなりと朝陽が謝ったため、直也は訝しげに朝陽を見るだけで、それ以上は追求しなかった。
やはり教室を出るべきだったと、咲鳥は直也に申し訳なくなく思った。
「ごめんなさい、金子くん。今度からは外に出るようにする」
「本当なら、廊下も響くからやめてほしいんだけど」
直也は注意が済むと自分の席に戻っていった。改めて朝陽は、小さな声で言った。
「時間もないっぽいし、放課後、いつものところな」
「え、今日の放課後?」
キーンコーンカーンコーン
今日は早く帰らなければならないと伝えようとして、チャイムが鳴る。
「ヤッバ!」
朝陽は、咲鳥の言葉を聞かずに颯爽とクラスを出て行った。束の間の風来坊が過ぎ去り、クラスはもとの静けさを取り戻す。
意見ボックスの話より先に、要件を教えてくれればよかったのにと思ったが、今更かと咲鳥はスマホを取り出す。
ラインアプリをひらき、兄と朝陽のアイコンを見比べる。少し考えて、咲鳥は兄のトーク画面を開き、「今日の帰りは遅くなる」という旨を伝えてスマホをしまった。
第三校舎前、それが、咲鳥たちのいつもの集合場所だった。最初は咲鳥と幼馴染の樹だけの集まりだったが、いつのまにか朝陽が混ざり込んで、今のように三人でいるようになった。
授業が終わってすぐ、帰り支度をすませた咲鳥は教室を出た。下駄箱まで行くと、委員長の直也とばたりと鉢合わせする。
「おつかれ、金子くん」
「神和さん、おつかれ」
靴を取った咲鳥は、そのままの流れで直也と第一校舎を出る。直也とはたまに話をするくらいには交流があった。
「今日は塾の日だったよね」
「そうだけど、よく覚えてたね」
直也は少し驚いた顔をした。咲鳥に覚えられていると思っていなかったようだ。
以前、直也と話したさいに塾の話題になったことがあった。咲鳥は塾に通っていないので、それを聞いた直也が、いい塾があると紹介してきたのだ。そこは、直也も通っている塾だった。
「丁寧に説明してくれたから」
「そんなことないよ」
立ち止まった直也は、そっ気なく返した。行く先が違うので、ここで別れるものかと思っていたが、直也は別れを切り出そうとしなかった。
「神和さん」
いつにもまして、堅苦しい声で直也は咲鳥の名を呼ぶ。何かを言われるのだとわかった。
「こんなこと、僕が言うのもなんだけど、交友関係に気を付けたほうがいいんじゃないか」
「……どうして?」
無理に口角をあげようとして、頬が引きつる。咲鳥のことを心配しての助言だということは分かっているが、頭ごなしの言葉をすぐには受け入れられなかった。
「正直、高瀬くんは素行のいい生徒とは言えない。黒田くんも、新聞部に熱心なのはいいけど、勉学に励んでいるようには見えない。神和さんは押しに弱いところがあるし、無理をしているなら、僕が二人に注意してもいいんだよ」
直也は、咲鳥の成績のことを気にしているようだった。たしかにここ最近は、よく朝陽や樹と行動を共にしている。それで無理やり付き合わされていると思った直也は、委員長として咲鳥に世話を焼いてくれたのだろう。
「心配してくれてありがとう。だけど、二人は友達だし、無理をしているわけではないよ」
咲鳥はできるだけ無難に返した。そんな咲鳥の答えに、直也は不満そうに口元を引き締める。
「こんなこと、本当は言いたくないけど、あまり無意味なことをするべきじゃない。神和さんにとって、今が大切な時期だと思うんだ。神和さんの成績は優秀だけど、これからもそうだとは限らないだろ?」
咲鳥は眉を下げるが、心ばかりに口元には笑みを残した。
「絶対に成績は落とさないって約束するよ」
直也は生徒の模範となるような生徒だ。直也の、生真面目で誠実な人柄を咲鳥も尊敬している。そんな直也が、咲鳥に忠告をするのは、直也は少なからず、咲鳥に期待をかけているからだろう。
「私には、この無駄も必要だと思えるから、もう行かなくちゃ」
平然を装ってはいるが、直也は表情に落胆の色を浮かべる。
「神和さんがそう言うなら、これ以上は口出ししないよ。引き止めてごめん」
「ううん、ありがとう。また明日ね」
「またあした」
直也は、正門の方へと歩いていった。そのうしろ姿を眺めてから、咲鳥は第一校舎の裏へとまわる。
歩きながら咲鳥は考える。嘘でも、「ありがとう、これから気を付ける」と済ませてしまった方が、直也を不快な気持ちにさせなかったかもしれない。言いたい言葉を飲み込んだような、直也の視線が胸につかえた。
第三校舎が見える場所まで来ると、こちらを見つけた朝陽が手を振ってくる。咲鳥も軽く手を振って、校舎前まで小走りした。
直也のことは、あまり考えないようにしようと、気持ちを切り替えるように二人に話しかける。
「おつかれ」
朝陽、樹と咲鳥をむかえた。咲鳥が到着してすぐ、樹は腕時計を確認して言った。
「来てもらってすぐで悪いけど、これからまた校舎に移動するよ。相談者を待たせているからね」
唐突な話だが特に慌てることもない。樹に付き合っていれば、このような突発的なことはよくあることだった。
「相談者って?」
「ボックスに悩みを投函してくれた相談者だよ。その相談者が、美術室で待っているんだ」
「ああ、どうりで」
樹と朝陽は、下校するには軽装備だった。バッグごと学校においていくというのは、置き勉にしても手慣れすぎている。すぐ校舎に移動するつもりで、荷物は置いてきたのだろう。
「でも、美術室は美術部が使っているんじゃない?」
「第二校舎じゃなくて、第一校舎の美術室だよ。あそこなら人はいないからね」
第二校舎が新設されたとき、美術室も新しく作られていた。そうして、もともと使っていた第一校舎の美術室は空き部屋となったのだ。どうやらそこを使うらしい。
「さあ、行こうか」
そう言って樹は足早に歩き出す。相談所の名前も知らされないまま、咲鳥は樹たちと共に第一校舎の美術室へと向かった。
二階に位置する第一校舎の美術室は、一階にクラスを持つ咲鳥は滅多に通らない場所だ。美術室の扉は、ふだん咲鳥がまたがるクラスの扉と同じものだが、使われていないというだけで、ずいぶんと古びて感じた。
「失礼します」
樹が先頭をきる。続いて咲鳥と朝陽も美術室に入った。
「あー、お疲れさま。イタズラだと思っていたけど、なんだかマジっぽいね」
見たことのない女子生徒だった。咲鳥の通う西鶴高等学校は、県内を代表するマンモス校だ。生徒数が多いのもあり、この生徒が同級生なのか、先輩なのかもわからなかった。
「待たせてしまってすみません」
樹は軽く頭を下げる。近くの椅子を手前まで移動させ、咲鳥たちは腰を下ろす。
「自己紹介からいきましょうか。僕は一年の黒田樹です」
「同じく一年の高瀬朝陽です」
朝陽たちにつづき、咲鳥も自己紹介をする。
「一年の神和咲鳥です」
女子生徒は咲鳥たちに人のいい笑みを向けた。その雰囲気は少し朝陽に似ていた。
「私は二年の金子真里、よろしく」
どうやら一つ上の先輩らしい。明るい茶髪をポニーテールにしている、活発な印象の女子生徒だった。
「二人も新聞部なの?」
真里が、咲鳥と朝陽に聞いた。
「いや、俺らは黒田の助手みたいなもので、新聞部じゃないっすね」
「へぇ、新聞部ではないけど助手なんだ。よくわかんないけど、なんか面白いね」
真里はノリよく笑ってみせた。
「なんか、後輩に話すのもへんな気分だな」
真里がつぶやいて、少しの沈黙がおとずれる。誰が話しを切り出すのか、皆がみな、様子を伺っているようだった。真里は話を切り出すのに消極的な様子だったため、それを見た樹がフォローに入る。
「無理をしなくてもいいですよ。自分のペースで話していただければ」
「いやぁ、うん。ありがとう。なんて言うか、こんな話し、信じてもらえないかもなって」
私が持ち掛けた話しなのにごめんね、と真里は下を向いた。真里はしきりに制服のスカートをいじっていた。
「どんな話でも大丈夫ですよ。その話を聞いて、先輩を非難したりもしないです」
「……なんていうか、記事にのせられるような話でもないの」
樹は笑みを絶やさなかった。
「校内新聞の記事の参考にと先輩をお呼びしましたが、記事のことはあまり考えなくてもいいですよ。これを校内新聞に載せるかどうか、内容を見て決めますし、仮に載せるとしたら、先輩に必ず原稿をお見せします。原稿を確認したうえで、新聞に載せていいかどうかは先輩の判断にお任せしますので。そこのところは気を負わないでください」
真里は尚も悩んでいるようだった。
「イタズラだって思うかも……」
「イタズラなら、アンケート用紙に自分の名前を記入なんてしませんよ。先輩はそれだけ真剣な悩みなんだとわかっています」
「……うーん、そうなのかな」
真里は樹の顔をうかがいながらも、少しだけ表情の強張りをといた。それを見た樹は、使い古した手帳を取り出す。
「自分の死を示唆するような内容が紙には書かれていましたが、詳しい話をうかがってもいいですか」
自分の死を示唆?
咲鳥と朝陽は顔を見合わせる。真里の様子をうかがっても、病気を持っているようにようには見えなかった。樹がどうして自分をここに連れて来たのか、咲鳥はその理由がなんとなくわかった気がした。
「黒田くんたちは、学校の噂とか聞いたりする?」
「噂ですか? まあ、これだけ大きな学校ですし、いろいろ聞きますよ」
「黒田くんは新聞部だし、私なんかよりも詳しいかもね」
背筋の伸びた樹とは違い、朝陽は猫背をそのままに尋ねた。
「噂がどうしたんスか」
真里は少しのためらいを見せてから、言いにくいことを隠すようにヘラリと笑う。
「こんなこと、私も信じているわけじゃないんだけどさ……」
真里は樹に視線を上げる。
「この学校で毎年ひとり、生徒の誰かが死ぬっていう噂。あれ、本当なんじゃないかな」
真里が言い終えて、教室にさしこむオレンジに黒い影がさした。咲鳥が窓の外を見ると、近くの木にカラスがとまっていた。カラスが、こちらを黒い瞳でじっと見下ろしている。
一瞬の沈黙ののち、樹が言う。
「その噂なら聞いたことありますよ。よくある噂の一つだと思っていたんですけど、違うんですか?」
「まぁ、私も、噂を本気にしているわけじゃないよ。ただ、私の周りで変なことが起こるようになって、誰かに聞いてほしくなったんだ。その誰かが、顔も知らない後輩になるとは思わなかったけど」
樹は手帳を持った手を膝の上に落とす。その表情は真剣だった。
「その言い方だと、まるで先輩自身が、噂で言うところの、年に一人の犠牲者になってしまうと言っているように聞こえますが……もしかして、そういうことでなんですか?」
「いや、うん、まあ……」
歯切れが悪そうに真里はこたえる。
「私だって、本気でそんなこと思っているわけじゃないんだけど。とりあえず、話しを聞いてもらおうかな」
真里は、ここ二週間のことを話し始めた。
読んでいただきありがとうございます。
稚拙な文ながら、書きたいものを書いていけたらと思います。
この三人は、恋愛関係には発展しません。ずっと友人です。
主人公も、女の子というより、男の子のようなところがあります。