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第282話 疲れちゃったんだよね

「前回のクイズの答えは『美容院』だ!」

 「歩きながら喋っても大丈夫かな?」


 速度を変えないでひなたさんが喋る。

 俺はうなずいた。


 俺より前に歩いているひなたさんにその反応がわかるわけがないのに、ひなたさんは俺の反応を見たかのように喋り続ける。


 「ちょっと自慢みたいになっちゃうんだけどね、私、スカウトで女優になったんだ」


 スカウトか……。

 ってことは結構すごいよね?


 なんもしないで、ただ街中(まちなか)歩いてるだけでなにか光るものを放ってたんでしょ?

 それで声かけられたってことは、かなりすごいな。


 「高校1年生のときかな? 友達と都心のほうで遊んでて、はぐれちゃったときに声かけられたんだ」

 「すごいな、スカウトなんてそんな簡単にされるもんじゃないと思う」

 「私もそう思った。最初はすっごく嬉しかったんだ。だから喜んでそのスカウトを受け入れたの。実際、芸能の世界は楽しかったよ。いろんな人と関われるし、みんなに見てもらえる。それに、カメラの前で演技するのがすっごく楽しかったんだ」


 ひなたさんの声は生き生きしてた。

 本当に楽しかったんだなって伝わった。


 「――でもね、なんか変なこと考えちゃったんだ」


 この言葉からひなたさんの声色が変わった気がする。

 少しの差だけど、ちょっとだけ声のトーンが低くなった。


 「役者ってさ、当然与えられたキャラになりきらなきゃいけないの。自分の気持ちなんか無視して、思いたくもないことを思わなくちゃいけないし、したくないこともしなくちゃいけない。それが嫌になっちゃったんだ。ま、それが役者の仕事なんだけどね。だけど、『本当の自分はなんなんだろう』とか、『なんで自分の気持ちをなくさなきゃいけないんだろう』って思うの。だからさ――」

 「女優、やめるの?」


 ひなたさんの言葉を遮って、俺が喋ってしまう。

 本当はこんなことするつもりなかったのに、身体が勝手に動いた。


 「恵まれた環境でご飯食べていけてるってのはわかってるの。誰もが女優になれるわけじゃないし、本当になりたい子もオーディションで落ちちゃったりする。私は本当に運のいい人だって、わかってるはずなの。でも疲れちゃってさ。そこで出会ったのが美月ちゃんなんだ」

 「美月?」


 急に予想外の名前が出てきたから驚いちゃった。

 なんで美月?


 「声優なんて、みんな同じ演技力って思ってる? 私は違うと思う。表面だけ聴けば同じ声かもしれないけど、裏まで聴けばその声の人がなにを思ってて、なにに突き進んでるかもわかる。美月ちゃんの声からはさ、覚悟が伝わったんだ」

 「…………」

 「なんて言うんだろうね……、言語化できないや。でも、私にはできないことができてた、だからすごいと思って尊敬してるんだ」


 ひなたさんはやっと振り向く。

 その表情は笑ってた。


 俺はどういう表情をすればいいかわからなくて、真顔でいた。

「おお! 我の名前が出てきた! なんか嬉しいな! ……って、そんなこと言ってる場合じゃないではないか!  女優やめるの!? ……というわけでクイズだ! 『康輝たちは、学校の屋上に行ったことがある。◯か✕か』。屋上か……」

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