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旅をする僕と旅をする猫  作者: あぼがど
4/6

石人

 あれは石人ですね、ちょっとご挨拶していきましょう。 猫に言われて丘を登れば、頂には石碑がひとつぽつねんと立っている。成程人が両手を大きく広げたような外観で、目と口を大きく開いた顔を持つ、これは人の形をした石碑か、石碑の形をした人か。何事かを大声で告げるような有様の、見上げるほどの上背を持つ、それは石人。

 僕の知らない言葉を手繰って、猫は石人に向かって語りかけている。何かの祈りの文言かと思えば、時に頷いたり、耳を傾けるような間があったりで、傍目にはまるで石人と会話しているかのようにも見える。

 それでも石人は黙して語らず、その表情は固いままだ。よくよく見ればその顔には豊かな髪と立派な髭が確かに彫られてはいるけれど、いずれも風濤に耐えながら少しずつ削れていったものと思えて、どこか儚げでもある。象られた身体に脚は無く、不動のままただ丘に立ち、彼はここから何を見ているのだろう?これまで何を見てきたのだろうか?そんなことをつらつらと考えていると、


そのとき石人がこちらを見た。


 いやいや、石に彫られた顔が、石に穿たれた穴が、意志を持ってこちらを見るはずもない。そんなふうに感じるのは、結局僕の心の持ち様がそう見せている為か。例え石碑とはいえ人の顔を、あまりじろじろ見るものでもないのだろうなあ。やがて話も終わったようで、猫が一礼するのに合わせてこちらも頭を垂れる。


 あの人は先護りなんですよ。いまはもう残っている方も少なくなりましたし、憶えている者はもっと少ないのですが、嘗てこの地を統べ、護っていた方々の末裔なのです。 丘を降りながら猫が言う。 腰にあったものは、あれは刀でしたか。つまり彼は武人なのですね。 あの拵えも風化して、いずれは喪われていくのだろうか。


「旦那みたいな人を見るのがずいぶん珍しかったようで、興味津々でした。いろいろ尋ねてきましたよ」

「そうなんですか?僕には何も聞こえませんでしたが」


 それはまあ、石の声はなかなか人には響きませんからねえ。 残念だなあ、話ができればよかったのに。

 丘を振り仰げば僅かに石人の背が見える。独り在る身に何を見て何を思うか、それは僕には判らないことだけれども、解りたくは思った。

 そもそもあの人は何を護っているのですか?護るようなもの、護らなければならないような出来事が、以前にこの土地で起こったのですか? や、それはですねえ、

 猫の語る昔話に耳を傾けながら、僕らは歩き続けた。


石人せきじんは九州地方の古墳から出土する埋葬品です(1例だけ鳥取県から出たものがあるそうです)。なので今回は美術というより考古学的な作品がテーマなのですが、その辺の差異はあまり気にしていません。学術的なアプローチをしている訳でもありませんしね(笑)

形や大きさ、種類はいろいろあるようなのですが、このお話に登場する石人は、東京国立博物館の考古展示室に置かれている重要文化財をモチーフにしています。この時代の人物像としては埴輪や土偶が有名ですが、大きな石板状に人体を形作った石人の威容は、展示室の一角に独立したスペースを割き、照明も工夫して魅せることで一層際立って見え、なかなかの迫力です。検索すれば画像も出てきますが、実物を見たときの感情というのはやはり、得難いものです。


<追記>

本作をアップした翌日神奈川県立近代美術館葉山館に出かけたのですが、なんとそこにも石人が展示されていました。いや驚いた。なにこのシンクロニシティ。とはいえ、そちらの石人は(複製ではありましたが)形こそ似通っていても東博の個体よりやや小ぶりで色も白く、屋外で陽光の下展示されておりました。受ける印象はだいぶ違って、もしも最初にこちらを見てたら、こういうお話は考えなかったでしょうねえ。出会いって大事だなと。

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