つむじ風の化石
このあたりはずいぶん変わった石柱が多いんですねと僕が問うたら、なに、あれはみんなつむじ風の化石なんでさ。そう言って猫は笑った。
風が化石になりますか? ええ、そりゃもう。
「つむじ風なんて、生まれた頃は皆粋がってあちこち動いて荒らして回りますが、結局はこんな枯れ谷に吹き溜まってそのまま石になっちまいます。どれもこれも最後は静かなもんです」
螺旋を描いて林立する石柱はなるほどつむじ風をかたちに留めてそのまま置いたようにも見え、それが化石だと言われれば墓標のようにも思えてくる。太さも高さもどれも様々だけれど――
「ああ、天辺が平らなんですね。だから不思議に見えたのかな。普通石柱や石筍と言ったら下から伸びるにしろ上から溜まるにしろ、尖っていたり繋がっていたりするものだけれど、どれも平らで、なんだかお皿のようですね」
「上は少し窪んでるそうですよ。漏斗というかまあ、つむじですからね」
なるほど。
「最近じゃあれに登るやつもめっきり減りましたが、むかしはよく魚や蛙を取りに登ってたとかで、わたしも話に聞いただけなんですけどね」
魚や蛙なんて、石柱から採れるんですかそんなの?
「そっちも化石になってますがね。つむじ風が川やら池やらから面白半分に巻き上げて、ばら撒き損なったものが色々と。中には珍しいのが出てきたりずいぶん離れた土地のものが埋まってたりで、売ればそこそこ金にはなったという、年寄りはよくそんな話をしています」
旦那、もすこし寄ってみます? 是非是非。
猫に連れられて石柱に近づいてみれば、そこにはどれも違った紋様が流れていた。荒々しいものやら綺麗に刻まれたものやら、滑らかに磨かれたようなものまで様々だ。これは風の流れがそのまま形になっているんですか?
「んー、わたしゃ詳しいことは存じませんが、そんなところじゃないですかね。風向きやら風の強さやら、それから温度や乾気の違いで変わってくるんでしょうね」
面白いものですねえ。余所のお方には珍しいでしょうな。
うん? あれは何だろう、ずいぶん大きな鳥がとまっていや、鳥じゃないな。わかりますか?
「あれは鱏ですよ。天気がいいから鰭を伸ばしてるんでしょう」
鱏って、鱏が空飛ぶんですか。そら飛びますよ。
「旦那のところじゃ飛ばないんですか」
「飛びませんね」
「成程」
そうやってしばらくの間僕らは、石になったつむじ風と漂う鱏を見あげていた。やがて猫に促されて、僕らはまた歩き始めた。
このお話の題材になったのは、1990年代に山梨県の山中湖美術館に展示されていた「つむじ風の化石」という名前の彫刻です。それからずっと再訪していないので、現在も展示されているかどうかはちょっとわかりません。ごめんなさい。
ともかく、それを見た当時にこのお話の最初の一行のような光景が頭に浮かんで、そこからなかなか物語にはならないままずいぶん経ってしまいました。なんとなくそれを1000字の掌編にまとめてみましたが、特に何かが起こるわけでも無い異世界の風景です。何かあれば、また旅は続くのでしょう。