受け入れなければならない、受け入れ難い現実
少年とお話をしましょう。
自分の現状に愕然として思わず膝から崩れ落ち、両手を地面について失意体前屈の姿勢を取っちまう。
「ふぎゃっ!?」
『お、おおぉ…お、俺の…俺のボディがぁ…"サピエンテ"の英知の結晶がぁ…っ!』
俺のボディっ!まるっきり変わっちまってやがるっ!?
冗談じゃねぇぞっ!?百年の年月を掛けて改修と改良を続け、"サピエンテ"最強の機動兵器として君臨していた俺のボディが!今や見るも無残なポンコツボディだとぉっ!?こんな現実、はいそうですかと素直に受け入れられるかぁっ!
一体俺が何したって言うんだっ!?一つの惑星を救った英雄に対する仕打ちが、コレだって言うのかよぉっ!?
『う、うおぉおおおんっ!何故、何故こんな事にぃいいい…っ!?』
「きゅう~…。」
現実が受け入れられず、しばらく俺はこの場で唸り続ける事になっちまった。
……はぁ。落ち着いた。
正直、んな事ゴネたって何も状況が変わるわけがねぇか。大体、誰に対してゴネろってんだ。切り替えて行くぜ。
まぁそれはそれとして、膝から崩れ落ちた衝撃が少年にも伝わっちまったらしい。頭をぶつけちまったみたいで、ちっとばかし情けない悲鳴を上げた後に気を失ったようだ。大丈夫か?
つーか、このボディのコクピットにシートベルトは付いてねぇのか?もう一度、ボディのチェックをしておくか。今度は内部も含めてな。
んーと…膝関節はちゃんとあるみてぇだな。無かったらそのまま倒れ伏せて俺に乗り込んだ少年が怪我するかもしれなかった。
あー、でもそう言えばトカゲのバケモンをブン殴った時も、しっかり膝を曲げてたな。うーむ・・・?一応、人間と同じ動きが出来ないわけじゃなさそうだな。
機械よろしく手首も足首も肩も腰も360度回転できるのは助かった。多少は"アポカリプス"と同じような稼働も出来そうだな。
んで、両腕部に取り付けられた大型のシールドだな。そのサイズはマニピュレーターからはみ出て腕部全体を蔽い尽くすほどのサイズだ。
ある程度の丸みを帯びてて、攻撃を受け流すのにも使えそうだな。前腕部にガッチリと取り付けられてるみたいで、ちっとやそっとじゃ、まず外れねぇだろうな。
やたら重量があるし、先端部はそこそこ尖ってる。これなら、トカゲのバケモンを一撃で仕留めたのも頷けるぜ。
後は…背部に排出口みてぇなもんがあるな。ボディに溜まっている余剰エネルギーなんかを此処から排出すんのか?
接続部がある程度球状をしてるからか、結構自由に稼動しやがる。ふむふむ。コイツは、やりようによっちゃあ、スラスター代わりに出来そうだな。
まぁ、"アポカリプス"の時みてぇにバカスカ使えるわけでもねぇだろうから、いざという時のとっておき用、所謂奥の手って奴だな。だが、使う時には出し惜しみせずに使うとしよう。
…で、結局シートベルトは無し、と。安全性がいまいち欠けてんなぁ。
このボディで高速戦闘機動が出来るたぁ思えねぇが、仮にこのボディが作業用の"МT"だとしても、派手に動けばデカイ衝撃ぐらいは発生しちまう。
少年は俺が起動した事に驚いてたみてぇだし、ひょっとしてこのボディはまだ未完成だったりすんのか?
だったら、俺も製作者に協力して、ちゃんと完成させてやらねえとな!
おっ、どうやら少年の意識が戻ったようだ。5分程度しか経過してなかったが、気を失っていた事に変わりは無ぇんだ。ちっとばかし心配になる。
「痛ったたた…うぅっ…何で"ジーク"が勝手に…。」
『おーい、大丈夫か―?少年。』
「うぅ…や、やっぱり喋ってる…。」
『俺が喋れるのは当然だろう。その様子だと、特に問題は無さそうだな。』
意識はしっかりとしているようだし、特に外傷や出血も見られない。至って健康な状態だな!
まぁ、体が小さいから、もっと食うもん食った方が良いとは思うが。
「うぅ…あなたは一体、誰なんですか…?」
『俺か?俺はサブロウだ。イタルガ・サブロウ。』
「そのイタルガさんが、どうして"ジーク"に?」
『サブロウだ。』
「へ?」
『俺を呼ぶなら、サブロウと呼んでくれ。イタルガってのは俺の正式名称である
Independent Tactical Learning Unlimited Growth AIの頭文字を縮めた略称だ。言ってみりゃ、苗字みてぇなもんだ。なまえっちゃあ名前だが、固有名とはちと違う。』
「?えっと、イ、インで?…?」
『ちぃっとばかし聞き取り辛かったか?あーそうだな、自立型のAIだって分かりゃそれで良い。』
「え、えー…あい…?って何です…?」
マジかっ!?いやいやいや、待て待て待て。あり得んのか!?今時AIを知らない奴だなんてよぉ!?学が無いにもほどがあるだろ!?一体どういう教育環境で育ったんだよ!?
一々AIが何なのかをこの少年に説明してたら、やたら話が長くなってしょうがねえな・・・。ザックリ説明すりゃあ良いか。
『要するに、少年が"ジーク"って呼んでるこのボディみたいなのを、効率よく動かすための制御装置だ。操縦者の補助役だな。』
「そ、その補助役の制御装置が、どうして僕の"ジーク"に…。」
『んなもん、俺が知りてぇよ。だが、そうだな。一応俺のこれまでの経緯を話しておくか…。そもそも本来の俺のボディはだな―――』
てなわけで、俺がⅮ・スターの中枢部で自爆するまでの経緯を簡単に少年に説明しておいた。
のはいいんだが…。
『―――と、大体こんな感じだ。把握したか?』
「ええっと…サブロウさんは付喪神で、自分の操縦者のために頑張ったって言う事は分かりました!カッコイイですねっ!」
『よせやい、照れるじゃねぇか!てか、付喪神の概念は知ってんのね…?』
「はいっ!過去にも例がありますし、伝説のインテリジェンスウェポンの一部は、付喪神の一種だったりしますから!」
『インテリジェンスウェポン?それはつまり、意志を持った武器って奴か?』
「はいっ!」
少年が目を輝かせてコンソールに乗り出してきた。随分と興奮してるな。
なぁ~んか妙だぞ?伝説?インテリジェンスウェポン?単語として知っちゃあいるが、んなもん、俺の知る過去には存在しなかった筈だ。
そもそも、目の前のトカゲのバケモンの事と言い、この場所はひょっとして、俺の知ってる星系とは違うのかっ!?
『あー、少年?俺の事はそれなりに話したんだから、そろそろ少年の事と、今の状況を教えてもらって良いか?少年は誰で、ここは何処だ?んでもって、今何が起きてるんだ?』
「あっはい。えっと、まず僕の名前はカルモって言います。それで、ここはトルンガス共和国のタンタスっていう町です。それで今は、魔物の襲撃に遭遇している真っ最中です。」
『国?町?魔物?どれもこれも俺の経験には無い単語だな。』
「ええぇ…。」
さっきから話が嚙み合わないというか、どうにも互いの常識が非常識と言うか、未知の単語として扱われている気がする。
いや、知識として国だとか町だとかそう言う概念がある事は知ってるんだがな。俺達"サピエンテ"は"サーバス"って惑星規模の敵が存在したから、国とか町とか言ってる場合じゃあなかったんだよなぁ…。
そもそも、俺が製造されるよりも前にも"サーバス"の連中の時みたく星間戦争があったせいで、自分達の星の中で争ってる場合じゃねぇって事で、国だとか街とかの枠組みを取っ払っちまったそうだ。
国があり、町があるって事は、この場所は間違いなく"惑星サピエンテ"とは違う場所だって事だ。
そんでもって"魔物"。んなもんはカティアが好きなコミックスやノベル、ゲームと言った娯楽メディアの中でしか存在しない概念だ。
コイツはひょっとしたら、星系が違うどころの話じゃあねえかもしれねぇな。
まぁ、今いるこの場所の事は後で考えよう。次に俺が知りたいのは、このボディについてだ。
少年がこのボディに対して"ジーク"と呼んでるって事は、このボディについてある程度どころでなく詳しく知っている可能性が高い。
『んじゃ、次の質問。少年が"ジーク"と呼ぶ、このボディは?』
「カルモです。それと、この"ジーク"は僕が一から5年掛けて作った、搭乗・操縦型のゴーレム、魔導鎧装です。」
『一から少年が一人で作ったってのは凄ぇが、ゴーレム?マギ・アーマー?』
まーた知らねぇ単語が出て来やがった。いや、ゴーレムもやっぱり娯楽メディアを通して知ってるし、なんとなくだがマギ・アーマーとやらもどんなものかは大体想像がつく。
魔物だの魔導だのと言ってるって事は、信じられねぇ話だが少年達の常識として、魔力的な名称のエネルギーが認知されてるって事だ。
多分だが、俺の感覚が鮮明になったのも少年がその類のエネルギーを俺に、と言うかこのボディに流したのが原因だろう。
突拍子の無い話になるが、少年にとっちゃあ常識の話みてぇだし、俺が少年に話を合わせた方が良さそうだな。
しっかしこれはアレだな。カティアが好んで目を通して相棒にも薦めてた物語のジャンル、異世界転生とかいう奴かもしれんな。
確かにあの時、自爆した時に俺の意識はプッツリと途絶えたからな。あの時、間違いなく俺は死んだ筈なんだ。
異世界転生、ねぇ…。どうせ転生するなら、もっと高性能なボディか、あるいは"アポカリプス"のまま転生したかったんだが、まぁなっちまったもんは仕方がねぇよなぁ…。
正直、前世のボディ"アポカリプス"と比べちまったら、少年の作ったって言うこの"ジーク"ってのはポンコツにもほどがあるが、製作者である少年に対して、んな失礼極まりない事を言う気は無い。
子供が一人でこのボディを作り上げたって言う情熱と執念を踏みにじるだなんて下衆な真似、出来るわきゃねぇわな。
『そのゴーレムだとかマギ・アーマーってのは、名称からして魔力的な何かで動く機械だと思って良いのか?少年が一人でコイツを作ったってんなら、大したもんじゃねぇか。5年掛かったんだって?頑張ったじゃねえか。もう一度言うが、マジで大したもんだよ。』
「サ、サブロウさん…。あ、いえ、でも…。」
『どした?』
「その…外装は2ヶ月前には出来上がっていたんですけど、制御のための魔導回路は完成してなくて、サブロウさんが動かすまでは、今まで一度も動いた事が無かったんです。」
ん~?って事は、最初に俺が何も見えなくて聞こえなかったのは、その魔導回路が完成してなかったからなのか?
で、俺が周囲の状況を知るために無意識の内に状況を知ろうとして、敗戦だのなんだのをいじくって、魔導回路を完成させたってことか?
確かにそれっぽい事をしたような気がするが、アレが原因なのか?
『あー、多分だが、その辺りは俺が内部を色々といじくったのからなのかもしれん。何せ自爆した後に意識が戻ったら、なんも見えんし、なんも聞こえんかったからな。どうにか周囲の状況を知る事が出来ないか、色々と試してたんだ。少年がもしコイツを一人で完成させたかったってんなら、悪い事をしちまったな。』
「ええっ!?内部って、魔導回路もっ!?」
俺が少年に期待内部をいじくった事を伝えたら、慌てた様子でコンソールパネルを引っぺがして内部を確認しだした。
引っぺがしたと言ったが、携帯していた工具を使って素早く、丁寧に、だ。俺の知る敏腕メカニックすら舌を巻く素早さ、見事だったと言っておくぜ。
「ホ、ホントだ…。昨日、僕が組み立てた魔導回路と全然違う…。って言うか、何なのこの回路!?ものっ凄く複雑な構造してる!?」
『それか?個々のパーツの回路はちゃんと通ってたんだがな?他の部位と連動させたり、そもそも動力と繋がってない部分があったりで、そりゃ動かねぇわってなる部分がいくつかあったぞ?』
「そ、そんなぁ…。」
自分の組み立てた回路がまるで動く気配のないものだと知らされ、かなり落胆しちまってるようだな。
どうにも少年は自分の能力を過小評価してるように感じる。だったらここは一つ、慰めの言葉でも掛けるついでに励ましの言葉を少年に掛けてやるとするか!
『まぁ、そう気を落とすなって。ボディだけでも一人でしっかりと作れたのはスゲェ事なんだぜ?もっと胸を張りな!分からんかったり拙い部分は、これからいくらでも勉強すりゃあ良いじゃねえか。』
「べ、勉強するって言っても、本なんて高級品、高くて僕の稼ぎじゃとても買えないですし…。」
本って高級品なのか?いや、確かに"サピエンテ"でも植物資源である紙媒体は電子書籍よりも高額だったが、そこまで価格が変わる事は無かった筈だ。
って事は、紙の製法がまだ普及されてない事に加えて効率も良くなさそうだな。
あっるぇ~?ひょっとして俺が転生(推定)した世界って、"サピエンテ"と比べてかな~り文明レベルが低いんじゃないか?
ヤッべェな。元々"アポカリプス"には未開惑星に不時着、遭難した時用のテラフォーミング技術を始めとした、様々な知識がインプットされてたし、魂が"アポカリプス"から離れた今も、その知識は俺の中に健在だったりしてる。
しかも、ご丁寧にこのボディのインターフェイスにも、データがしっかりとインプットされていやがる!
もしも俺の転生に娯楽メディアよろしく超常の存在が関わってたってんなら、ソイツに向かって[馬っっっ鹿じゃねぇの!!?]と口汚く罵倒しまくってやる所存だぜ。
"アポカリプス"の知識をこの世界の連中に公開するのは、どう考えても戦火を世界中に広げる行為に他ならねぇ。俺を意図的に転生させた奴がいるのなら、何考えて転生させたんだってんだ。
まぁ、だからと言って物言わぬ置物になるつもりはねぇし、俺はこの少年とバリバリ活動するつもりだ。
俺が提示する知識は、文明レベルを壊さない程度にしておくか。著しく文明を覆しそうな知識には、厳重にロック掛けとこ。
パスワードは…そうだな、10億桁の円周率を2乗した値で良いか。ついでに、ランダムな位置にアルファベット26字もバラバラに入れて入力に制限時間も設けとこ。
突破出来るもんならして見せろってんだ。
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