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妹、電脳世界の神になる〜転生して神に至る物語に巻き込まれた兄の話〜  作者: 宮比岩斗
6章 一転

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カメラは捉える。犠牲を出しても

 茶を飲みながらテレビに目を遣る。


 ハンマーで扉を破ろうとしていた中年男性は目標を玄関横についている窓に変えたようだった。


 マスメディアはその犯罪史に残る瞬間を収めるのに必死で誰も止めようとしない。


 構える。


 テレビの映像よりも一瞬だけ早く窓ガラスが割れた。


 窓ガラスを割った中年男性と目が合う。目は血走り、表情は険しい。俺を見つけるなり怒号を響かせ、非常に興奮した様子であった。


 妹の「逃げて!」という懇願が耳に入る。


 中年男性は割った窓ガラスをに手を突っ込み、鍵を開けて窓を開く。


 テレビでは鬼気迫る中年男性の姿、奥で茶を飲みくつろぐ俺の姿が映る。一般男性が茶を飲むだけで日本中が盛り上がるなんて日本の歴史上初だろう。先月は量産型アバターの姿で配信に映ることすら嫌がった俺が、今では寝起きのだらしない姿を見られて平然としている。あまりにも色々あったせいで羞恥心を始めとした諸々が鈍化したらしい。これを成長と呼ぶかは非常に悩ましいところだ。あまりにも鈍化したせいで「アンチはこれから俺が死ぬ様子をどんな面白おかしく実況しているのだろうか」なんてどうでもいいことを気になったりした。


「人の生き死によりも俺の素顔が平凡過ぎてそちらをネタにされそうだな」


 隣で妹が「どうでもいいから早く逃げてよ!」と叫んだ。


 中年男性が窓に足を掛ける。


 マスメディアの人たちは、ただただ見守るだけ。


 コンプライアンス的に映してはいけないものが放送されるかもしれないのにカメラを回し続ける。真実を伝える義務や歴史の一ページを切り取るという使命感を果たすべくカメラを回し続けることに余念がないのだろう。職業意識が高くて頭が下がる。


 窓から中年男性が身を乗り出す。ハンマーを捨て、懐から取り出した小刀が握られていた。


 このまま俺は心臓を一突き、いや、惨たらしく胴体を何回も刺されるのだろう。


 人生最後の一言は何にしようなどとよぎる。


 シオミンに最後にまた会いたかったとか、中学の俺に頑張ってもやっぱり駄目だったとか、だろうか。


 いや、うん、違うな。これから神になろうという妹に人を呪うきっかけになる言葉を聞かせるべきではないな。これは兄として、最後に残された家族としての責務だ。ただ黙って殺されよう。間違いだらけの世界を壊したいなんて思わないように。


 中年男性が身を乗り出す。


 いよいよ、かと思った瞬間のことであった。


 中年男性が直後に窓から引きずり降ろされたのは。


 こちら側からはよく見えないが、テレビでは防弾チョッキに装備した警察官らが男を地面に拘束しているのが放送されていた。そこから次から次へと追加の警察官が押し寄せ、マスコミが廊下の端に追いやられていく。抵抗するマスコミは犯人と同様に地面に組み伏せられていた。


 そのカメラ越しに廊下の状況を眺めていると見覚えのある顔が映った。防弾チョッキに青ワイシャツ姿の警官の中をハイトーンのグラデーションカラーの髪とレディーススーツで風を切って進む姿は大層目立ち、カメラはそれを注視する。


 樹神さんであった。


 樹神さんは割れた窓ガラス越しに俺の姿を認めると手を挙げて笑顔を浮かべる。


「無事だったようでなにより! ちょいと話したいから入っていい?」


 玄関の方を指差される。


 鍵を開けるため立ち上がり、ゆっくりと玄関へ向かう。


 ハンマーで手当たり次第にぶっ叩いたせいだろうドアノブは死に、鍵も逝かれ、しまいには扉が歪んで押し引きすらできなくなっていた。


「開けられないみたいですね」


 窓ガラス越しに伝える。


「んーここで長話すんのもアレやし、場所変えよか」


「……どこに?」


「長旅する準備して」


「長旅ですか?」


「ここにいたら危ないし、そもそも住める状態やないやん。だから気分転換も兼ねて旅行行こうや」


 努めて明るい口調で冗談めかして樹神さんはそう言った。


 それは俺を気遣ってのことだった。

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