実績解除
頭の中がクエスチョンマークに埋められてアホ面になっているだろう俺に桜庭は追い打ちをかける。
「英雄様が戦わないなんて選択肢あるわけねえだろ」
もっともである。量産型アバター使いという風評を除いた世間一般の評価は、エネミーに二度――俺の無事が確認でき次第であるが三度――相対して生き残る英雄なのである。それはエネミーとの戦闘において、誰よりも経験を積んでいるといえ、その人物が戦わないなんて理屈が通らないのは理解できる。
「俺は一般人だぞ」
俺はプロゲーマーでもなければ軍に所属するわけでも、公務員でも準公務員ですらない。単なる怠惰を極めた学生である。それも友人が少ないことで課題の手助けすら求められず、毎回単位を落としかけている。ギリギリでいつも生きているのだ。およそ学生のお手本にしてはいけない部類の人間である。しかもドルオタときたもんだ。これを英雄視するなんて世界は間違っている。
「お前は俺が英雄に見えるのか」
「お前が英雄なら俺は神だ」
「だよな」
「当たり前だろ」
「ならお前から俺は不参加だって言ってくれ」
「別に言ってもいいが、それは通らないぞ」
「どういうことだ?」
「俺は先に周知する役割だったが、正式な発表は国から行われる。そこで確認してくれ」
思わせぶりなことを言って通話が切れた。
仕方なく、テレビを点けて国からの発表を待つ。
時間になり、記者会見が行われる。そこでは政治家と省庁職員が並んで桜庭が発表した内容の具体的な説明や補足がされていった。
作戦実行はゴールデンウィーク最終日。以前エネミーが現れたバトルロワイアルゲームの特殊設定を用いて待ち受けるとのことだ。何故ゴールデンウィーク最終日という残り数日もない状況で発表されたのかという質問があった。これには多くの人員、組織が関わる都合上、その日しか予定を確保できる日がなかったという。また、配信者をターゲットにしがちというエネミーの都合、多くの人が見るであろうゴールデンウィークを外せなかったという旨の説明がされた。
そして、記者から俺が待ち望んでいた質問が飛び出す。
「エネミー初撃退し、昨日も襲撃されたかのプレイヤーも参加するのでしょうか?」
大臣が答える。
「その質問に答える前にご報告します。昨日襲撃されたプレイヤーであるミト氏ですが……友人であるサクラバ氏によって無事が確認取れました」
これに記者たちはざわめく。大臣が答える前に次々と手が挙がる。
司会進行が「お静かに」とこれを制し、大臣は静かになったのを確認してから質問に答える。
「無論要請は送っております。ただ、かのプレイヤーはプロゲーマーではありません。巻き込まれただけの一般人です。また学生だとも聞き及んでおります。ゆえに参加を強制することはできず、要請に留まると考えております」
国としては学徒動員のようなことはしたくないらしい。
こちらとしても断りやすくて助かる。
「大臣! 多数の国民が犠牲になっているというのに強制ではないのですか!」
俺の犠牲を無視した言葉が記者から投げかけられる。
「無論、参加していただけたら政府として謝礼は用意させていただきます。けれど危険を伴うことゆえ強制はできません」
今度は記者の多くが弱腰な大臣に対し、暴力的な言葉を投げつける。
「しかし!」
大臣が大声でそれを打ち消す。
「しかし! これは国難に当たると考えております。政府としては要請しかできません。だからこそ伏してでもお願いしたい!」
伏して――それは言葉通り、土下座を意味していた。
大臣が個人に対し、地面に頭をつけて請う。
それは近代史で画面に映ることがなかった出来事であった。
ネットが、日本が、世界が、この状況に騒ぎ、興奮した。
「……ありえないだろ」
そう漏らす俺に一緒に記者会見を見ていた妹が能天気に言う。
「タタタタータータータッタター! にーちゃんは大臣を土下座させる実績を解除した!」




