肉食系女子
最悪の起床であった。
身体の目覚めを感じるが全身が重く気だるい。まぶたを開けるのさえ億劫でそのまま身体を休めたい衝動に駆られる。ゴールデンウィークはまだ続いていて講義もない。ならばそれを咎める者もいないのは道理である。
眠りの中に落ちようとするも腹に何か重さが掛かるのを感じ、眠気の糸が途切れてしまう。
重いまぶたをどうにかこじ開ける。頭の中では閉じたシャッターをこじ開けるマッチョマンをイメージした。「ふんぬらば!」とマッチョマンがこじ開けた先、そこには見覚えのある天井と安アパートの下では初めて見る金の御髪を携えた少女であった。
俺の腹に馬乗りになったアンジェラは唇を舐め、蠱惑的な微笑を浮かべる。
「ダーリン、おはよう。よく眠れたかしら?」
その光景に眠気なんて空の彼方までぶっ飛んだが、それはそれとして混乱はした。
「え、ああ、おはよう。まだ眠いかな」
「あらそれはいけないわ。添い寝してあげる」
そう言って布団に潜り込むアンジェラ。
俺はそれを受け入れていた。状況についていけずされるがままになっていた。頭のどこかで「布団から追い出せ!」という警鐘が鳴らされていたが、頭の中では同時に「あの模倣犯は逃げたのか?」「ここは現実世界か?」「そもそもあの戦いはどうなったのか?」などと頭の中の住人が騒ぐせいで身体が固まってしまっていた。
アンジェラが俺の隣に身を寄せ、布団を被ろうとしたその時であった。
「にーちゃん! その女から逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
現実世界での警鐘が鳴り響いたのは。
スピーカーの音量制限を取っ払ったそれに加え、女性特有の甲高い声。悲鳴に近いそれは鼓膜の許容量限界を超えそうになる。
思わず両手で耳を塞ぐ。耳に刃物を押し当てたような痛みは軽減されたが、それでも頭がおかしくなりそうな音であるのには変わりない。
妹に声を止めろと叫ぶが、向こうの声量が勝り、向こう側まで届かない。
空気が揺れ、身体が音を感じるほどに強い圧の中アンジェラは涼しい顔をして、指を鳴らす真似をする。
すると全身に浴びていた圧が消える。
耳はキーンとありもしない音を聞き続け、しばらく使い物になりそうになかった。
画面の向こうで一人叫び続けている妹が見える。
大変憤慨しているようだった。
部屋も頭も静かになってようやく状況を理解した。
アンジェラが俺の部屋に来た。
そして、変な少女が俺を襲おうとしたから叫んだ。
状況は理解した。
ますます訳が分からなくなった。
どうしてアンジェラが俺の部屋にいるのか。そもそも部屋の場所なんて教えたことすらなかったはずであった。
聴覚が少しずつ回復して、妹とアンジェラが画面越しに言い争いしている内容がぼんやりと聞こえてくる。アンジェラが怒る妹をいなしつつ、煽りつつ優位に立っているようだった。少なくとも仲良くできそうにない雰囲気なのは掴めた。
俺は耳が聞こえないフリをして、しばらくベッドの上で項垂れることにした。
浮気がバレて妻と浮気相手が言い争う姿を眺める旦那になった気分だ。
煙草でも吸って落ち着きたい。
咥えたことすらないのだが。