似て非なる才
エネミーの襲来を告げるアナウンス。
周囲が逃げ出さなければと騒ぐ中、俺はアンジェラがいた場所に目を遣った。エネミーの本体であるアンジェラは、未だ高台に腰掛けたまま俺らの配信を見学していた。つまり、エネミーが現れるはずがないのだ。
アンジェラもこのアナウンスに驚いたのか目を大きく開いていた。すぐに真剣な顔つきへ変わり、アナウンスに耳を傾けていた。
アナウンスはすぐさまログアウトの指示、そしてエネミーが現れた場所を告げる。
その場所は雪山。
このゲームの目標にしていた場所であった。本来パーティを組まねば他のプレイヤーと顔を合わせるはずのないそこはエネミーの介入によって、一つの空間に統合された。つまり、エネミーの狩場と化していた。
周囲のプレイヤーからも情報が聞こえてくる。ブルースフィア全体でログアウトできなくなった、雪山で強い装備のプレイヤーがなす術もなく倒された、など良くないものばかりだ。
アンジェラが立ち上がり、俺に視線を寄越す。
頷きで返す。
街の外へ出ようと踵を返したところ、腕を掴まれた。
「にーちゃん、どこに行こうとしてんの?」
伏し目がちにそう問われた。
勘だけはいい妹ゆえ俺がエネミーのもとへ向かうのだと気づいたのだろう。詭弁を語り、論理的に煙に巻こうとも考える。天樹会に向かうことを気付かれそうになった時と同じことをすればいいと。
「ちゃんと話してくれないと離さないから」
掴まれた腕にさらに強い力が加わる。
緊急事態ゆえ何かを察する勘がより精度を増したのか、一番嫌な選択肢を妹は選んだ。
「あとで話す……じゃ駄目か?」
「今話して」
「時間がないんだ」
「にーちゃんがやらなきゃいけないことじゃないでしょ」
「あとで必ず話すから今は行かせてくれ」
「やだ」
譲る気は一切ないらしい。
膠着状態に入る。周囲も街中は安全だと認識すると、俺らが揉めていることに気付き始めた。重ねて言うが妹のファンと俺のアンチは同居する性質である。つまり揉めている内容に問わず俺が悪いという空気が生まれる。
過集中に陥っている妹はそれに気付かず俺の腕を離そうとしない。
「なんで言ってくんないの! 昔からいっつもそうじゃん! なんにも言わないで自分一人で泥被って! 私がそれを知るのはぜんぶ終わったあと! 昔私が入院した時だってそうだった! 頼れなんて言わないから手伝うぐらいさせてよ!」
叫びに乗った感情が伝播する。その思いは伝わり、各自で噛み砕いた解釈がされ、増幅し、歪んで返ってくる。
「妹の頼みぐらい聞いてやれよ」
無責任な責任の押し付けとして返ってくる。その押し付けた感情すら、さらに別の関係のない誰かに伝播し、さらに歪んだ形で俺に向かう。
そして始まるのは怒号の嵐だ。
人が暴走するきっかけは様々だが、この状況下においては二つが考えられる。
善意と集団心理だ。
正しい行いだと思う心がブレーキをなくし、集団で行動する安全意識がアクセルを深く踏み込ませる。
妹は知らずのうちに集団の心を掴み、操っていた。それを成した才はアイドルとしてではなく、扇動者としてのソレであった。
天賦、類稀、桁外れ、希代。才能を表す言葉に付与する言葉は多くある。それら全て使われたアイドル汐見柚子がこの流れを止めるべく声を大きくする。何度も、何度も声をかける。
だが止まらない。
他の追随を許さない才能。
舞香は汐見柚子でさえ“他”にしてしまうほどの才能を持っていた。
周囲に気付かず思うがままに才能を奮っていた。自分が始めたことも気付かない先導者がそれを止められるだろうか。止められるわけがない。
ならば止められる存在はいないのか。
最終手段がいた。ここにいるわけがないという共通認識を持っている存在がいた。圧倒的な暴力がそこにあった。彼女は高台で立ち上がり、金の御髪を風になびかせ、群集を愚かとでも言いたげに見下ろしていた。
その姿が虚空に消える。
次の瞬間、空から巨大な体躯が落ちてきた。
巨大な鉤爪を人を模した無機質の黒い化け物。
それがもたらす恐怖。身近になってしまった危機感。本能を呼び起こす怖気。
凍る空気。
腕を掴む力が緩む。
その腕を振り払い、俺は走りだす。
「お前の狙いは俺だろ! ついてこい!」
白々しい言葉を残し、アンジェラに追われる形で雪山へと向かった。




