ストーカーは二人いる
思いがけず少女からデートのお誘いを受けたが、そこはバイト中。仕事をほったらかして店を離れるわけにもいかない。ましてや子供の誘いを本気にして浮かれるわけにもいかない。ただ、こんな俺でも見ている子はいるのだなと思うと少しばかり自尊心が磨かれた気がした。
「悪いね、仕事中だからダメなんだ」
少女は頬を膨らまして不服そうに睨んでくる。
「あたしが頼んでるのに……」
本当、いったいどこのお嬢様なのだろうか。人見知りのくせに、自分の頼みは受け入れられると思っているなんて、よほど自分が偉いと思っていなければできない所業だ。
どう説得して家に帰そうか考えていたら、背後に誰か立つ気配を感じる。店長だった。小太りで人の良さそうな中年男性だ。実際に人柄がよく、バイトに舐められて急な欠勤が横行していた時期もあったそうだ。俺と桜庭が入るまではワンオペで年がら年中回して、死相すら出ていた。未だバイトの面接中に店長が倒れて、救急車を呼ぶ羽目になったことは記憶に新しい。
「三刀くん、その子のこと送ってあげなさい」
朗らかな笑顔の店長に少女は顔を輝かせて俺の手を取る。
「許しが出たわ。さあ行きましょ」
引く手は子供の力とは強い。こちらも踏ん張らなければ身体ごともっていかれそうだった。
「店長、まだバイト時間終わってないですよ」
「今日は桜庭くんもいるし、客もいないし、あとはその子を送ってくまでが今日の仕事でいいよ。もう遅いし、その子に何かあった方が心配だよ」
店長の良い人ぶりに拍車が掛かっていた。いずれフォッフォッフォとでも笑う好々爺になる未来が見える。仕事にかまけすぎて独身なため、誰かいい人が見つかることを祈ろう。
「それじゃあ行きましょう」
今度は踏ん張ることすらできない力で俺を引っ張る。こらえきれずそのまま足を進めることを強制されて店外に出る。その際、ペコリと店長に頭を下げた。俺の携帯を持ったままの桜庭が、その手の中の妹とともに手を振っていた。
少し歩いて到着したのは近所の公園であった。ブランコとすべり台があるだけの小さな公園である。普段は母親に連れられてきた幼稚園児で騒がしい場所であるが、夜遅くもなると静かなものだった。これが週末だったりすると酔い潰れたおっさんがベンチで寝ていたりするのだが、今日はそれもなく二人きりだった。
「お兄さん、やっと二人きりになれたわね」
月夜の下で男女が二人。
文字に起こせばなんとなくロマンチックに見えるものだが、大学生と小学生ではいいとこ兄妹で、下手をすれば児童略取の現行犯にも捉えかねない。
「ここが君の家じゃないだろう。今時ホームレスだってもっとまともなところに住んでるよ」
そう注意すると拗ねたように指に髪を巻いた。
「この年格好だと子供扱いされちゃうのは仕方ないかしら」
「子供だろう」
「たしかに見た目は否定できないかしら」
少女の目からはすぅーっと光が抜けていった。
「でもね、あたしさ――お兄さんよりもずぅっと年上よ」
瞬間、怖気が走る。
呼吸が荒くなり、筋肉が強張る。
目の前にいる少女の雰囲気が変わった。守ってあげたくなるようなか弱い少女はもういない。地の底から這いずるような恐怖を、畏怖を、目の前の少女が放っている。これは人のものではない。
怪異。
そう呼ぶに相応しいナニカであった。
それは動けない俺にソレは近づくと服の裾を引き、跪かせる。
「ふふ、怖がらないで。あたしはお兄さんを理解してあげられる唯一の存在だから――」
俺の首の後ろに手を回す。
暗くなっていく視界で、何かが唇に触れたような気がした。