人間性に底はない
妹と工藤さんが恋バナに花を咲かせ、野郎一人が肩身を狭くしていると玄関から桜庭が戻ってくる音が聞こえた。桜庭が部屋に入るなり、テレビのリモコンを取ると、電源を点けて、チャンネルを切り替える。切り替わった先はニュース番組であった。
「これを見てくれ」
内容はエネミー関連のようである。会見以降では、それは珍しくともなんともないものであった。電脳は危険ではないのか、他の代替機能はないのか、などと答えのない議論を繰り返すのがお昼のニュース番組で定番となっていた。しかし、今日のニュースはいつもと様子が違っていた。何度もVTRを再生を繰り返していた。それと一緒にアナウンサーが補足を入れていく。
「本日正午、電脳にて正体不明の敵性存在が再び出現しました。以前確認されたゲームの電脳だけではなく、非戦闘設定となっている電脳でも確認され、為す術もないまま多くの人が犠牲になりました」
画面はスタジオに戻り、コメンテーターが得意気な顔で言う。
「先日ゲーム内では倒せたのだから、そいつが現れたらゲームと同じようにして倒せばいいのですよ」
司会が台本通りと思われる突っ込みを入れる。
「しかし、倒されたら記憶失うんでしょう。倒してくれる人なんているんですかね」
「そこは前に倒した人たちを呼べばいいんですよ。君たちが殺し損ねたで手負いの獣みたくなったじゃないかって」
テレビを消し、桜庭は言う。
「電脳世界で人前に出ない方が良い。どんな輩が出てくるか分からないからな」
妹が口を尖らせる。
「えーじゃ配信もできないじゃん」
「やるとするならプライベートルームからの雑談だったり、一人用ゲームの配信だったりだな。ああ、コメントオフはできればしてほしい」
「はーそんなんじゃ配信してる意味なくない?」
「わかる」
「いや、わかられても困るんですけど」
桜庭は肩を竦める。
「ま、SNSでの反応見てみたらわかるだろうけど、世間は国が介入するか、プロゲーマーに対応してもらうか、撃退に成功した俺らを英雄として担ぎ出すってのが大多数だな」
妹はぽちぽちと電脳世界のコンソールをいじって確認する。
「うわ、まじじゃん。てかにーちゃんとサクラバさんへのヘイトの向かい方ヤバない?」
英雄として担ぎ出されるという話だったのに、どうして俺にヘイトが向かう話になるのだろう。むしろ、懇願されて「仕方ないなぁ」と言って出陣する玄人ムーブをかますタイミングなのでは。
「詳しく教えてくれ」
「えーと、サクラバさんはプロゲーマーなのにエネミーに殺されてんじゃねえっていう意見がもっぱらかな。にーちゃんの方は、撃退したせいでエネミーの動きが活発になったとかがまだ理解できる部分だね。他には量産型のくせにとか、大会開いたせいでとか、ビッグマウスなんだから俺が倒しますとか言えよボケとか、そういう誹謗中傷がいっぱい来てる」
人間というのはなんて愚かな生き物なのだろうか。
「お前には何かないのか?」
「んーないことはないけど、大半は野郎どものせいでエネミーと戦うハメになって可哀想ってのが多いかな」
可愛いは正義というやつだろう。
量産型だって愛嬌ぐらいはあるだろう。
「てかさ、にーちゃんヤバいよ」
「別に誹謗中傷ぐらいで動じないぞ」
「いや、にーちゃんの心配はしてないよ」
「それじゃなんなんだ」
「にーちゃんのアンチが量産型アバターを狩り始めた」
世も末であった。




