都合の良い彼女とラオウは紙一重
桜庭のマスコミ対応がひと段落ついた昼下がり、妹がデスクトップパソコンのディスプレイに突然現れてこう言った。
「にーちゃん出てって人多いから配信出てよ」
課題の途中だったが、脈絡のない要望に驚き、手を止める。
「どうして俺に出て欲しい人多いんだ?」
「そりゃあ私のファンって大半はあの大会でできた人だからさー、にーちゃんのファンでもあるわけよ。やっぱりどっかのタイミングで絡んでおいて、最新のにーちゃんを見れるのはマイカの配信だけ! とかやりたいじゃん」
「お前、アイドルとしての誇りとかないのか」
「そんな精々二、三ヶ月やった程度でできる誇りなんて燃えるゴミの日に捨てちまったよ」
「家事全般親任せだったお前が何言ってんだ」
「あ、家事やった記憶ないのはそういうことかー」
そういえば記憶喪失だということは聞き及んでいたが、当時は偽物扱いだったため、どこらへんまで覚えているか詳細に聞いたことがなかった。
「親のことも覚えていないのか?」
妹はディスプレイの中で腕を組んで唸る。
「んーと、顔の名前も声も覚えてない。けど、にーちゃんと親がいそうなエピソードとか何かしらはあったと思うんだ。そゆときはね、親っぽい存在が歯抜けになってるけど何話してるのかはなんとなく覚えてる」
「俺のことだけは覚えてたからか。友人とかはどうなんだ?」
「あーダメダメ。にーちゃん絡まないと欠片も覚えてない感じだから」
「なるほどな。というかどうして俺のことだけ覚えているんだ」
その問いに、妹は片手を俺の方に向けて、もう片方は胸に当てるという男性アイドルがしそうなポージングで返す。
「ふ、そんなの愛の力に決まってるじゃあないか」
決め顔がいちいちウザったらしい。
「そういうのはファンの子にやってあげなさい」
「えーっ! にーちゃんはマイカのファン第一号でしょうが!」
「勝手にファンにするな。俺は生涯シオミン一筋に決まっている」
「マイカは心が広いから、アニメオタクみたいにシーズンごとに嫁が増えても気にしないよ?」
「どこに妹のファンになる奴がいる」
「血が繋がらないんだから別によくない?」
「それが別によくなると、俺ら本当に単なる同居人だぞ」
「むー! そーですねーそれはちょっと困りますねー」
しかめっ面でこめかみを両手の人差し指でぐりぐりして考え込む。
「待てよ。血の繋がらない同居人、それはもしや恋人というものなのでは」
「浮気公認とか都合の良い女すぎやしないか」
「最後に私の隣にいればよかろうなのだよ」
そんな生産性の欠片もない会話を繰り広げていたら、桜庭から「午後暇か?」というメッセージが一件届いた。