記憶にございません
戦闘終了後、すぐに配信は中断し、リアルへ戻った。
極度の緊張状態が続いたためか体中に汗のが酷いことになっていた。だがそんなことはどうでもよかった。
携帯を手に取り、桜庭に連絡を入れる。
コールをし続けるも反応がない。
エネミーに電脳世界で殺された者は記憶を失う。だが、それだけのはずだ。実際に死ぬわけではない。
そう思いかけて、一つの例外があったことを思い出す。
妹だ。
妹はエネミーの手によって、殺された。
もしかすると桜庭も同じ状態になったのかもしれない。
俺は家を飛び出した。
桜庭の家は近所である。大学入学して初日の講義で知り合った。たまたま帰り道が同じ方向だったため、一緒に帰ったら、互いに借りている賃貸が目と鼻の先だった。互いに「どこまでついてくるんだ」と思っていたらしく今じゃ鉄板の笑い話だ。
桜庭が借りている部屋の前まで着くと、チャイムを連打する。待っている間、最悪のことを考え、救急車を呼ぶ可能性も頭によぎっていた。幸い、部屋の中で動く気配があった。それはだんだんと大きくなり、扉が開かれる。
桜庭が出てくれた。
寝起き姿のようで、サイズのあっていないぶかぶかのTシャツにジャージ、頭はぼさぼさ、だらしない大学生そのまんまの姿で出迎えた。
「三刀、どうした? そんな慌てて」
命に別条はなく安心した。加えて、俺のことは覚えているらしい。だが、その間の抜けた対応。それ自体があってはいけない症状であることを指し示していた。
「今日何月何日で、いつまでの記憶が残っている?」
「そりゃあ――」
桜庭が口にした日付は昨日のものだった。
「てか飲んだわけでもないのにほぼ一日寝てたのかオレ」
妹と関わってからの記憶が抜け落ちていた。
いくらなんでも寝すぎだし病院に行った方がいいか、などと口にする桜庭。
「桜庭、お前はエネミーに殺された」
端的に伝える。
それだけで間の抜けた顔は引き締まる。
「エネミーの件は俺が伝えた。そうなんだな?」
「幼馴染の件も聞いた。これなら信用に値するだろう?」
「十分だ。部屋で話を聞かせてくれ」
部屋の中で昨日から今日まであったことをあらましで伝える。
やはり何かしらの業界でトッププロを名乗る能力がある奴は理解力も高いらしく、オカルトめいた話やらエネミーのわけわからん生体の話も理解したらしく「そうか」で済ました。こちとら頑張って説明したのだからキャバ嬢みたいに「すごーい」ぐらいの相槌が欲しい。キャバクラに行ったことなどないが、きっとそういうことを言ってくれるに違いない。
「アーカイブは残ってるか?」
その言葉に聞き覚えがなく小首を捻ると、桜庭はパソコンを操作してとある画面を見せてくれた。
それは俺らの戦闘を残した記録であった。どこで誰が何をしていたか、それら全てが記録されて動画のように視覚的表現で確認ができる代物であった。
「これから大変なことになるな……」
深刻な顔をする桜庭。
「トッププロが何か知ったようなこと言ったからエネミーの存在を公表しなければならない状況、ということか?」
「それもそうなんだけど、お前ら兄妹がだな。初めてエネミーを撃退した英雄として扱われるぞ」
たしかに大変そうな状況ではあるが、俺への実害はなさそうだな、というのが率直な感想であった。俺自身は身バレしにくい量産型アバターを使用している。妹はワンオフ品を使用しているため、どうしても目立つしバレてしまう。だが、それは注目を浴びることができるのと同義である。駆け出しアイドルは、最初のスタートが肝心だ。才能があっても目立てなくて去ることが多い。なんでもいいから注目を集めることができる。それが一番の才能ともいえるのだ。
「ま、そんなことはどうでもいい。それより大事な約束をしていたんだ」
桜庭が「なんの約束だ」と返す。
「シオミンのライブチケット。それもSS席を協力の見返りとして準備すると言っていたなぁ」
ほくそ笑むような顔をされる。
「記憶にございませんなぁ。どなたかと勘違いしているのでは?」
習癖めいた口喧嘩をして、腹が減って、コンビニで弁当と酒を購入し、飲んで食って騒いだ。
記憶を失ったことも忘れ、どうしようもない大学生の日常に帰ってきていた。
これにて一章は完結。
次からは二章『アンチもいれば信者もいる男』となります。
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