夜空の星を見ないで目を瞑る
そこは暗かった。
そこは静寂だった。
だが光はあった。
星たちの煌めきが一面に広がる空と地平線まで届く平原が広がっていた。
気づいたらここにいた。
光に呑まれたらここにいた。
ここは天国か地獄か。
天国だとしたら味気無いし、地獄だとしたら平穏過ぎる。ならばどちらでもないここは何処なのだろうか。
そう一瞬考えたが、すぐに放り出した。
ここが何処だろうとなんであろうとどうでもいい。もう疲れた。やるべきことは成した。ならばもう放っておいて欲しい。
去年妹が亡くなってから色々あった。あり過ぎた。それは一学生が背負うには重すぎるもの。唯一の家族だと、理不尽を強要された同士だと思って妹のために頑張ってみたものの、やはりこういうことには向いていないらしい。アンチには何をしても攻められ、世界中に死を望まれた。妹のためだと強がったものの、それを成したらもう強がる理由はない。
もう疲れた。
もとより一度は疲弊し、死を望んだ俺がここまで頑張ったんだ。もういいだろう。妹は「ふざけんな!」とか言うだろうし、命の恩人でもある汐見には悪いと思う。他の人には頭を下げるしかない。
でも、もういいだろう。
もう俺に構わないで欲しい。
雑音で心を乱さないで欲しい。
その点、ここはいたく居心地が良い。
誰もいない。
ただ星空が広がるのみ。
過去の後悔も、今のしがらみも、明日の不安も、突然現れる理不尽も、何も無い。
ひたすら続く平穏。
それは俺が欲し続けたものであった。
――ああ、ここは俺の心の中か。
不意にそう結論付けた。頭で否定しようとも心がそう納得してしまっていた。
アンジェラが以前見せた俺の深層心理。殻に閉じ籠もった影が誰彼構わず傷付ける地獄のような光景。けれどもう殻はない。誰かが殺し合う外の世界はなかった。
これは俺の心が落ち着いたことを指すのだろうか。
そう考えて、鼻で笑った。
そんなわけがない。
もう自分で自分を傷つけることすら疲れた結果、凪のような世界になったのだ。この満天の星空は巨大な殻だ。この果てしない空は傷つきたくないと肥大化した自尊心そのものだ。
外は変わらず争いに満ち溢れ、内心の自由しか与えられない。
だからここに引きこもる。
いつまでも。
間違った世界に付き合う義理はもうない。
寝転び、目を瞑る。
誰も脅かす者がいないこの世界でいつまでも不貞寝しよう。もう元の世界を思い出さないように夢の世界に逃げ込もう。叶うことなら美しく壮大な世界を自由に駆け巡り、伝説に想いを馳せることができる世界が望ましい。
――音がした。
自分以外に誰もいないはずなのに。
足音が聞こえた。
草原を踏みしめる音。
それは俺の頭の近くまで近づき、止まる。
「お寝坊さん。早く起きないとまた上に跨るわよ」
冗談を装った蠱惑的な声。
それは半年前に失ったはずの声だった。




