グングニル
「殺す気で来い」
ケイオスに告げる。
剣を構えるケイオス。奴は肩で息をしていた。
「行くぞ」
俺は沼地を跳んだ。
一足で眼前まで迫る。
影は求めていた。
闘いを望んでいた。
際限なき力が湧き出てくる。
刃を一振り。発生した風切り音が大地を穿つ。
吹き飛ばされるケイオス。
もう一足で接近を試みる。
二度目はないぞとばかりに不安定な姿勢で横薙ぎを繰り出される。
地を蹴り、宙への脱出。
慣性と重力による間延びした移動。
ケイオスと宙を舞う俺で視線が交差する。
ゆっくり落ちてくるのを待つ構えを取られる。
空中で姿勢を整え、足元に盾を生成。
それを足場に思い切り跳び、距離を縮める。
虚を突く形となった刹那の交差。
奴の直剣を持つ手を落とす。
その代償に影の重みが増した。
思考が塗りつぶされていく。
憤怒。
憎悪。
世界を堕とせと声がする。
黒く、暗く、煌めく影が蠱惑の囁きを以て脳に染み込んでいく。
俺の思考が黒く汚染されていく。
僅かに残る思考の欠片を燃やし、自我を保つ。
強く赤く煌めく紅蓮。
長くはもたない輝き。
この覚悟に応えるようにケイオスは飛翔する。
空高く。
サブマシンガンでは届かなず、盾を足場に移動しても余裕をもって逃げ切れる高度へ。
そして、隻腕を掲げる。
光が膨張、収縮を繰り返し、少しずつ巨大になっていく。
それはさながら小さな太陽であった。
「止めれるものなら止めてみなよ」
太陽が振り下ろされる。
視界を覆うほど巨大な光球。
ケイオスはその影に隠れて姿は見えない。
光球が盾となり、アサルトマシンガンの貧弱な弾では届かず、けれど高周波ブレードが届く次の瞬間には押し潰される。避けるにしても範囲が広く、走っても間に合わない。
完璧を求める奴の解。
たしかに完璧だった。
だが御誂え向きな状況であった。
事前情報だけを参考にした場合、遠距離からの不可避の攻撃。攻防一体となるこれは最適解だろう。
だが前提が抜け落ちている。
このゲームはアップデートしている。
選んだもう一つの能力。
それを使えばこの状況を覆せる。
俺は高周波ブレード、サブマシンガンをともに解除。
空いた手に現れたのは長径弾丸を打ち出す照準器を備えた黒い砲身。一撃を持って獲物を殺す意思が形となったもの。ヘビースナイパーライフル。村雨の権能と影によりどんなものも貫く槍と成る。
添える能力はエイムアシスト。
昨今ではあまりにも弱いという風潮から物陰に隠れた相手にもアシストされるといえ糞チート機能を付与された能力。ゆえに光球を隠れ蓑にしたケイオスにも照準が合う。
必殺必中。
現代のグングニル。
最強と評された魔剣グラムを一撃のもとに屠った伝説。
それを今再現する。
――なんてカッコつけるのならば良かった。後世の歴史家には妹が汐見を屠った状況に倣った作戦とでも考察されるだろう。それで奴との決着がつけられるのならば安いものだ。
影を銃身に、弾丸に込めていく。
身に余る憎悪と憤怒を込めていく。
ただ一発。
それでケリがつく。
影でできた指が引き金に指をかける。
――魂を震わせろ。
――魂を滾らせろ。
――紅蓮に身を焦がせ!
紅蓮の撃鉄によって放たれた一撃。
闇の奔流となって光球とせめぎ合う。
飲み込もうとする闇。
反発する光。
闇が掻き消される度に身体から力が抜けていく。
感情が吸われていく。
闇が光を飲み込む度に力が漲っていく。
感情を取り戻していく。
喰らい合い。
その果て。
喰らいきったのは闇であった。
ケイオスの身体を闇が飲み込み、喰らっていく。
奔流が通り過ぎたあと、残されたのは白い無機質な身体をもつ化物ではなく、苦痛に顔を歪ませる小生意気な小僧であった。
墜ちた小僧は離れた先で口を開く。
「僕の負けだ」
敗北宣言とともに歌が聞こえた。
アップテンポなこれみよがしなアイドルソング。ヒマワリのデビューソングだ。
「あの娼婦の声が世界に届いたようだね。もう僕に勝ち筋はない。さあ、殺せ」
ケイオスは小さな身体で両手を大きく広げる。
俺は問う。
「何故正々堂々と戦った。小細工の一つでもやれただろう」
「ふん、完璧に拘りたかった僕の意地とだけ言ってやる。これ以上は言わないね」
「本当に死ぬつもりか?」
「お前みたいに生き恥を晒して生きる趣味はない。ひと思いにやれよ」
高周波ブレードを取り出す。
介錯。
それが奴の望み。
命を奪う。
俺の手によって。
いいだろう。ここまできたら行き着くとこまで付き合ってやる。
纏わりつく闇を伴に、一歩踏み出す。
それと同時。
頭上からの銃声。
弾丸は俺の目の前に降り注ぎ、歩みを止めざるを得なかった。
ケイオスの後ろに降り立った男はよく知る男だった。
そいつは着地するとすぐに高周波ブレードを展開。
その刃をケイオスの背後から突き刺した。
「タイマンは勝ち残りだろ。順番だ」
男はケイオスにそう言った。
ケイオスは刺されたというのに動じる様子もなく苦笑する。
「待ちきれないようだね。好きに使えばいいさ。僕はもう満足した」
刃がケイオスから抜かれる。
肉体は躯となり、力なく地面に横たわる。
その肉体は間を置かず、光の粒子となり、男の周囲で舞った。
「Here comes a new challenger」
そのプロゲーマーは大昔に流行った格闘ゲームの乱入台詞を引用して刃を向けてきた。




