総司の場合
俺は人ではなくなるらしい。
それを伝えられてから半年が経過した。
時の流れは早く、人は慣れてしまうもので、俺が人でなくなるという話題がでても「そういえばそうだったね」ぐらいの盛り上がりしかしなくなってしまった。
俺自身大して気にしていなかったが、いくらなんでもそれは無関心が過ぎやしないか、と多少の憤りを覚えたりする。せめて「あ、それでさぁ」などとテキトーに流すのはやめて欲しい。
半年前、俺の魂に一つの異物が混ざり込んだ。その少し前には他の異物も混ざり込んでいた。村雨とアンジェラだ。
それらが混ざり込んだことで魂の変質が起きた。
「病は気から」という言葉がある通り、魂変われば肉体も変わることがあるのが実践的オカルト界隈の常識らしい。だから無意味に身体を痛めつけるだけにも思える滝行や火渡り荒行も意味はあるらしい。ただ微々たるものである。つまり、大昔に禿げ頭を叩いて刺激を与え続ければいつか髪の毛が生えるという迷信同様全く意味がないわけではないが、ほぼ無意味な行為であると結論づけられていた。
いつの時代になってもハゲに厳しいご時世はさておき、半年経っても俺は人以外になった感覚がわからずにいた。不老になったらしいが半年そこらでは違いはわからない。血を欲したりとか、月を見たら興奮するとかそういう人間の頃にはなかった感覚が芽生えるということもなかった。
俺は俺のままであった。
そう思っていたのだが、感覚が鋭い人からすると何か変わったように見えるらしい。樹神さんには「小さい子の成長みたいに毎日変わっとるなぁ」と関心されたりした。鈍い堂島さんあたりは何が変わったんだと樹神さんとのやり取りを見て小首を傾げたりしている。里の妖怪である雪女なんかは感覚がとても鋭いらしく「なにに化けるの? せっかくだからカッコイイ系の妖怪になんなさいな」と会う度絡んでくる。その度に「ただの人間だったやつがんなもんわかるわけねえだろ」と言うのがお約束になっていた。
ケイオスはこの半年間、逃げ回りつつ、世界各所で被害を出していた。
米州での民間機ハイジャック、欧州での遠隔操作ロボによるテロ、中国など大陸東部では化学工場の爆破、他には多くの宗教で指導者層が少ない数は殺されたりした。
名実ともにケイオスは世界の敵として認識された。
事件が起こる度、メディアは俺と妹を持ち上げた。
半年前に大バッシングの末、命が奪われようとしていたことなんてなかったかのように俺ら兄妹を持ち上げる。
妹は次代の神として、俺はケイオスに捧げる生贄として。
一週間後に待ち受けるケイオスとの決戦。
彼らもスポンサーが降りまくってる状況ゆえ確実に世界に平和になってもらわないとと困るのだろう。開き直り凄まじく、恥ずかしげもなく俺ら持ち上げまくっている。半年前、俺を虚仮降ろしたコメンテーターなんかは当時よりも調子よく「彼は世界のために命を使ってほしい」なんてほざいていた。
この論調は彼一人のものではない。
世界的なものである。
平和と引き換えなら一人の命なんて軽いものである。
それが世界の意志であった。その意志を打破するべく樹神さんが中心となって動いていたらしいが、ケイオスの被害が大きく意見を変えるまでには至っていない。
反対意見ばかりの中、俺は決戦への準備を続ける。
決戦は最初にアンジェラと戦ったあのシューティングゲームの電脳。
そこで一対一を指定してきた。
半年前にケイオスになす術なくボロボロにされた俺ゆえ世界は「生贄に差し出すのと変わらないな」と戦うことに賛成する意見が増えた。ただ、万が一があっては困るからと戦わずに死ぬことを求める声は止まない。圧力をかけるため日本に対し軍事行動を仄めかす国すらあった。
樹神さんは青筋を立てながら「気にせんでええ。思い切り戦い」などと言ってくれるが、天邪鬼な俺は気を使われると気を使ってしまうようで、これでいいのだろうかなどと悩んだりしている。
未だ影は制御できていない。
影はまた少し形を変えて俺の前に現れた。
他の人には見えない形で現れた。
この半年間、影の幻覚が俺の傍らにいつもいた。
『9章 半年間の間にあったこと』はこれにて終了となります。
明日から最終章となります。毎日更新も復活するので最後までお付き合いよろしくお願いいたします。