元ヤンシスターカレンの場合
みんなに黙っていたことがある。
シスターカレンとしてデビューしてからの秘密。
結構大変な内容だと思うけれど、言えずにいた。罪悪感はある。多分、話した方がいいとは思うけれど自らの恥部を晒すようで踏ん切りがつかなかった。
わたしの幼馴染である直斗さん。世間に周知されている呼び方はプロゲーマー桜庭。若社長なアバターで馴れ合いは好まず、クールな物言いで人気を博しているプロゲーマー。そのキャラクター性で女性人気、腕前の高さで男性人気どちらもあり、孤高の人とか呼ばれている。
わたしの知っている彼はそんな人ではない。
実は気を遣いがちな性格、喋るとボロが出るからあえて喋らず、そんな癖に欲しい物のためならば努力を厭わず手段も選ばないところがある。
みんなの知らないプロゲーマー桜庭のこと(はあと)などとマウントを取るつもりはないが、幼馴染で彼女だもの仕方がない。もっとも私の方は幼馴染の実感も、彼女である納得感もない。だって記憶喪失だもの。
向こうは変わらない付き合いを考えているみたいで記憶喪失以前にあったエピソードをよく話してくれる。それが善意だってことも理解しているが、どうにも今のわたしを見ていないような気がしてモヤモヤする。記憶が戻ればそんなことはなくなるのだろうけど、正直記憶は戻らない方が幸せな気はしてる。
わたしは今、アイドルデビューして言葉の節々から元来の気の強さが露呈して元ヤンとしてのキャラ付けがされている。されてしまったともいえる。みんなそれで笑ってくれているが、ヤンキーというキャラで笑ってくれているが本物のヤンキー相手じゃそうはいかない。たぶん、嫌な思い出も沢山しているのだと思う。それを思い出さないことはきっととても幸福なことで、わたし以外にもそういう人は沢山いるのだと思う。
でもそれはきっと叶わない。
わたしは今、ケイオスを倒すために活動している。
倒して記憶が戻るとは限らないけど、もし戻った時、わたしはわたしを受け止め切る覚悟をしている。ジャージが制服スタイルで深夜徘徊してたとしても受け止める。
受け止められるように直斗さんがした。
武勇伝エピソードを何度も繰り返し聞かされたらこうなる。感謝すべきかデリカシーがないと罵るべきかは半々なところ。
後者を選んだ方が直斗さんなら喜びそうだけど。
直近の様子からしてもそう思える。
――黙っていたこととは、直斗さんと連絡を取り合っていたことだ。
直斗さんはファンのテイを取って、何度もファンレターを送ってくれていた。それに気づいたのはライブ後のこと。あまりの忙しさにメンタルがボロボロになり、少しでも保養しようと溜まりまくっていたファンレターに目を通していた。その時、とても可愛らしい便箋で想いを綴られたものがあった。
他のものも可愛くないわけではないのだが、キャラクター性のためかシスター要素で荘厳なものだったり、どこで買ったのか気になってしまうほどに女王様的な過激なものだったりした。
その可愛らしい便箋は度々見かけた。すべての便箋がそうであったわけではないが時折「ん?」と気になる内容が見受けられた。それは公表していないわたしの個人情報であった。
これが直斗さんだと確信に変わったのは縦読みでゲーム名とアカウントIDが指定されたものがあった。それは古いゲームをサルベージし、有志がボランティアで運営しているものであった。今時、フルダイブ型ではないディスプレイで楽しむゲームといえばどの程度古いか伝わるだろうか。
わたしはアカウントを作ってログインし、そのアカウントにゲーム内メッセージを送る。そのアカウントがなければ、そのアカウントは存在しない旨のメッセージが返ってくるはずであった。
返答はすぐに返ってきた。
ゲーム内でプレイヤーが所持できる家への招待状であった。
ここで一度考えた。
もしこれが直斗さんではなかったらと考えると怖かった。けど「えーい! 行くしかない!」と自分を奮い立たせて招待を受けた。こういう所は記憶喪失前の名残りなのだろう。根っこの部分は変わっていないと思うと辟易した。
画面が切り替わると知らないキャラクターがいる家に飛ばされていた。わたしのキャラクターが来るやいなや近づいてきて屈伸運動を始める。
どこかの部族のしきたりか何かだろうかと戸惑っていると画面上にテキストが表示される。
「よく来てくれた。桜庭だ」
テキストベースのコミュニケーションとかいつの時代のゲームだろうか。
「本当に直斗さんなの?」
古いゲームゆえ本人確認となる社長然としたアバターではない。こちらとしても本人だと認められるまで下手なことを話せない。
「本人だ。記憶喪失直後、お花趣味に目覚めて母親が感激したエピソードを説明しようか?」
「本人だとわかったから説明しなくていい」
どうしようもなく本人であった。
「ねえ、今どこで何してるの?」
その話をされたくないためすぐにテキストを打ち込んだ。
「どっかの山奥。軟禁されてる以外は自由に過ごしてる」
「ゲームで遊べるくらい自由なら場所教えて。助け呼んであげるから」
「無用だ」
無用だ、じゃない。こっちは心配していたというのに。今は孤高ぶる場合じゃない。
「電脳世界に入れるのでしょう。どうしてこのゲームに呼んだの?」
三刀さんと汐見さんは電脳世界で直斗さんに会ったと言っていた。ならばこんなテキストでの会話でなくて声が聞けるはずなのに。
「理由はある」
短いテキストが続く。
「このゲームは古い」
「現代のセキュリティが適用されていない」
「サルベージも荒くメッセージログを残す機能は死んでいる」
「ゆえに密会に適している」
だからなんなのだろう。
「隠して会いたい理由あるの?」
そう尋ねてから一分ほど返答を待った。
「大事な恋人に会うのに理由なんていらないだろう?」
「そう思ってるならすぐに帰って来なさい」
ノータイムで打ち返した。
「怒らないでくれ。これは本当に必要なことで裏でも色々動いてるから。なんなら公安の一部とも連絡を取り合ってるから」
そんなことを言われても信じようがない。信じられる証拠がないから。でも心情的には信じてあげたいから困ってしまう。
「それじゃあ今何やってるか教えて」
「それは今は教えられない」
これである。
これで信じてくれは通用しない。浮気をした男の人が「本当に愛してるのは君だけなんだ!」などとロミオめいたことをいうのとなんら変わらない。これでジュリエットだと自惚れるほどわたしは女性らしくもない。
「わたしに何かやって欲しいことあるなら言って」
「そう言ってくれると凄い助かる」
「早く」
「はい。半年後、俺が馬鹿をやった時、ヒマワリは出さないで欲しい」
ヒマワリのみんな。わたしだけでなく、汐見さんやマイカさんも含まれている。
「どうして?」
「まだ言えない。世界を救うため、総司のためにもなる。だから頼む」
今度は私がすぐに打ち返せなかった。
理由があるのだろう。それは記憶喪失後、一番話した間柄であるため、察することができた。けどわたしだけでなく、あの二人も巻き込むお願いはさすがに躊躇してしまう。
「わかった。その時になったら二人を止めるね」
信用しよう。プロゲーマーとしての地位と名誉が地に落ちた彼を信用できるのはもう自分しかいないのだから。
「それじゃ話は終わり?」
少しの時間しか経っていないけれど精神的にへとへとだった。思ったより久しぶりに直斗さんと話すのに緊張していたらしい。
「あ、最後に一つだけいいかな」
直斗さんがそう打ち込んだ。
「何?」
もしかしたら先日のライブの感想でもくれるのかなと期待した。
「女王様キャラ、めっちゃいいな!」
リアルのわたしはきっと養豚場のブタでもみるかのような冷たい目をしていただろう。