美容のためなら
「人間辞め始めてるって……突然そんなこと言われても理解できないのですが」
「せやろなぁ。んー要因と結果どっちの方が気になる?」
「要因の方で」
「妖刀あったやん。村雨やっけ。あの概念の塊、君ん中に取り込まれたから」
あの戦いの最中、刀身が黒く染まったこともあった。だが心を殺したあとは普通の色に戻り、刀身は砕けた。いつどのタイミングで取り込んだというのだろうか。
「最初に力使うた時やろな。概念だけパックリといきよったみたいやねん」
「俺の影、いくらなんでも悪食過ぎやしないですか?」
妖刀なんて腹壊しそうなものはよして欲しい。散歩中になんでも口に入れる犬じゃあるまいし。
「君の影じゃなくて心の中に居座っとるアンジェラが喰ったんやけどな」
アンジェラは犬並みの悪食だったらしい。
「っ!」
一瞬、胸に強烈な痛みが走る。
ほんの僅かな間だけであり、尾にも引かない痛みであるが胸を抑えてうずくまるには十分であった。
北御門が大丈夫かと肩を揺する。
大丈夫だと答える横で樹神さんはやれやれと鼻を鳴らした。
「何思ったのか知らんけど、女の子に失礼なこと指摘しちゃアカンで」
「ならどうして妖刀なんて取り込んだのか出てきて説明して欲しいですね」
上半身を起こし、溜息を吐いた。
「そりゃあ目の前に美味しそうにデコレーションされたケーキあったらつまみ食いしたくなるやろ。しかもそれが美容にも良いと分かってれば尚更」
「ガキじゃあるまいしつまみ食いって」
再度の激痛。
「女はへそ曲げると長いから注意せなアカンで。それに結果としてはそう悪いもんでもあらへん。本来、人がその枠を超えるには長い長い修行の果てか化物の類に見初められなきゃいけないんや。けど心にアンジェラがいて、妖刀を取り込んだことで魂の変質が起こり始めてる。どういうもんになるかは要観察ってとこやけど。ま、不老辺りは確実やな」
「延々と続くロスタイムの間違いでは」
「神様になる妹を助け続けられるで」
「体よく押し付けてる気しかしないんですが」
それから将来、妹に仕事を押し付けるにはオツムが足りないので兄である俺にぶん投げたい樹神さんと断固拒否の俺でジャブの打ち合いをした。どちらが先の綻びを出すかのやんわりとした口論。口調は柔らかいぬいぐるみのようなもの。その中にナイフが忍んでいることは互いに重々承知だった。だから断固として譲らない。
互いに決定打はなく、北御門がレフリーとして割って入り、試合は終えた。
ノーサイドの精神で尋ねる。
「そういえば舞香たちはどうなったんですか?」