根を断ち切った
この身に宿せ。
奴に対する憤怒を、憎悪を。
我が身を紅蓮に変えろ。
――今までと異なる感覚を覚える。
刀に思いを込める工程がいらなかった。いや、正確には刀の方から「力を寄越せ」と心を奪っていく。そして、それを嫌と思わない自分がいた。
刀身が紅く煌めく。
ケイオスが後ろに飛び退く。
振り抜く。
空を切った刀の軌道に焔が舞った。
理解する。
妖刀村雨とは心を映す鏡であると同時に持ち主の心を奪うものである。心の弱い者は魅了される。ゆえに心を強く持たなければ刀に主導権が奪われるだろう。
この力は無比無類。
これを電脳世界で再現したポンポコリンの才覚は認めざるを得ない。
「今日この戦いに終止符を打つ」
ケイオスを仕留めきれなかった村雨の苛立ちが柄から伝わる。まるで癇癪を起こした幼子の如く、手の内で震えだす。それは俺の心の深くまで弄り、アンジェラが空けた孔まで辿り着く。
そして奥底に眠った│傷《影》を刺激した。
刀身が変質する。
紅く眩いそれは沈み込む黒に堕ちた。
村雨が影を呑み込んだ。
これで影の制御しなくて済む。
そんな都合のいい話などありはしなかった。
村雨の切っ先から影が滴る。
それは止め処無く。
足元からも影が溢れ出す。
同心円状に広がるそれは、もはや闇であった。
妖刀でさえ呑み込みきれないのが俺の影らしい。そりゃあまともな方法で制御なんてできないだろうし、邪馬台国の先輩は国を滅ぼす。
妹や観客に影が届く前に消さねば。
心を殺せ。
あの地獄の日々に心を浸せ。
何かを感じ取る余裕のないあの頃に返り咲け。
昂ぶった魂が急速に冷えていく。
影の侵食は止まり、刀身は鈍色の鋼に戻る。
ケイオスが直剣を構え、再度突っ込んでくる。
甲高い音が再度鳴り響く。
もう一度、魂を燃やそうとした。
――魂は震わなかった。
魂は鈍重で湿気っていた。
殺した心は動かない。
憎悪さえも思い出せない心では何にも反抗できないのは自明であった。
身体が浮いた。
力負けし、後ろにフッ飛ばされる。
ステージ後方、スクリーンまで吹き飛ばされ、その場に崩れ落ちた。
身体が動かない。
痛みもさることながら、気力が湧かない。
村雨は砕け、柄しか残っていない。
戦える状況ではない。
だが妹を守らなければ。
懸命に重い体を動かしステージに目を遣る。
妹がケイオスと相対していた。