権威というよりはわけわからんという畏怖
十五時、開場が始まった。
二時間後の開演に向けて、入り口では入念な本人確認がされていた。確認する側も荷物検査や本人書類確認する一般スタッフの他、宮内庁や警察庁のオカルト関係部署が応援として駆けつけ、力を隠していないか目視による確認もあった。
おそらく現実世界では俺なんかより腕利きなのは間違いないだろう。彼らが電脳世界で戦う手段がないのが惜しい。彼らがいれば戦いはだいぶ楽になるはずだろう。むしろ、足手纏いになりそうなまである。
アンジェラが目覚めれば俺にしたことと同じことを彼らにできるはずだ。だがそれは暴走のリスクを付与することになる。加えて俺は影であったが、彼らはまた別のものを心の内に飼っている可能性がある。
桜庭もケイオスに俺と同じことをされたはずだ。だとしたら桜庭も暴走の危険があるということになる。ただしアイツはプロゲーマーだ。しかも一流ときたもんだ。メンタルの扱いには慣れているかもしれない。俺が会得できなかった無我の境地やら明鏡止水に通ずる何かを元より体得していたのだろう。
鍛え上げたからだといえばそれまでだが、正直なところ、ずるいと思った。そんなメンタルトレーニングを体得する余裕なんてなかった私生活だった俺が得たのは心を殺す術だけだったと考えると「余裕がある人生でいいなぁ」と思うぐらいは許されていいだろう。
妹たちはプライベートスペースに集まり、英気を養っていた。時間になったら今回用に作られたイントラネットのドーム会場を模した電脳世界に移動する。
イントラネットは遮断された世界ゆえ侵入するならばリアルで会場に忍び込む必要がある。現実世界のドーム会場も結界を張り、力を曝け出したらすぐさま感知できるようになっている。また、イントラネットゆえ出入り口は現実世界のドーム会場内だけ。ケイオスが首尾よく電脳世界に忍び込めたとしても外に出れば歴戦の退魔師が待ち構えているという寸法だ。
何事もないまま終わるのが一番だが、何事があってもどうにかなる。何事かあったら確実に犠牲者が出るがここで打ち止めにする覚悟を見受けられた。
――犠牲者を容認する。
表立って言えないが世界は追い詰められているらしい。犠牲者は数千万を超えた。
日本のみならず世界でも猛威を奮うケイオスに痺れを切らしかけている国もチラホラと現れているらしい。霊的な存在であるとは裏社会では公然の秘密であり、海外からエージェントの派遣なども検討されているらしい。ここで言うエージェントとは対オカルト専門の殺し屋に類されるものだ。それらは手段は問わないということ。つまるところ、どこを戦地にしようが構わない外国勢力ということになる。
日本としては、それを受け入れたくない、受け入れたところで倒せないだろう、という二つの本音があった。
幸い日本は現代社会においても億を超える民族単位で精霊信仰を維持できている外国からすると頭のおかしいオカルト国家であり、権威だけならばキリスト教総本山であるバチカンとも並ぶともいう。
西野さん曰く、日本がどうしようもないものを外国勢力が簡単にどうにかできるとは向こうも考えてないとのこと。ある意味、力を貸したいという善意の提案かもしれないらしい。貸しを作りたい思惑も国によってはあるだろう。これ以上事態が悪化すればオカルトの実在を明るみに出さねばならない瀬戸際まで追い詰められる国家も出てきてもおかしくない。
ゆえに、どんな手を使ってでもケイオスを始末したい。
それだけは全ての国家の総意であることは確かだった。