大人になれないアイドルの末路は悲惨
当時、あったことを語り終えると妹は沈鬱な表情をしていた。
「だから言っただろう。面白くないって」と嘆息する。
「にーちゃんが家では誰とも話そうとしなかったり、毎日傷だらけで帰ってきてたのは知ってるけどさすがに自殺も考えてたなんて思わなかった。しかもそれを体張って助けたのがシオミンなのは感謝するけど、面白くない。こういう時どういう顔すればいいかわかんない」
「もう終わった話だ。ヘラヘラしとけ」
頭を撫でてやった。
「人を酔っ払いみたいに言わないでよ!」
それを払いのけ、ふくれっ面をする。
「酔っ払いだろうが」
「もう醒めたし!」
「そもそも耐性なさすぎるだろう。もう電子ドラッグやるなよ」
「えー! ふわふわして気持ちよかったのに!」
騒ぐ妹に後ろから抱き着く汐見。
「ねーマイマイ? お兄さんを助けた汐見は感謝を示して欲しいなぁって思うんだ」
黙る妹。
「思うんだけどぉ?」と追撃する汐見。
なおもだんまりを決め込む妹を抱き着いたまま左右に揺らす汐見。何度も何度も揺らす汐見。見ているだけでウザさを感じられる程度に揺らしまくっていた。
「あー! もうウザい! 感謝の言葉でも述べればいいわけ!?」
「推しからそういうの言われるのもいいけど、ここは大人として話し合いましょ」
「大人としてってどういうこと?」
「自分の言葉に責任を持つってこと。好きも嫌いも感情があるから思っていいけど、それを口にしたら正しいにしろ、間違ってるにしろ、それに見合った筋の通し方をしなきゃ駄目。そのうえで改めて言うね」
汐見は背中から離れ、妹の正面に座る。その前にいた俺を横にずらして。
「ちゃんと汐見のことをユニットメンバーだって認めて欲しいなって」
「……怒ってる?」
「怒ってないよ。推しからお前とユニット組むなんて御免だって言われても怒ったりしないよー。傷ついたけど」
「……ごめんなさい」
「うん、ちゃんと謝れて偉いね。でも欲しいのはそれじゃないんだよね」
笑顔で詰め寄る汐見。張りぼての笑顔の裏にはきっと般若の顔があるに違いない。
「認めるから! けど一蓮托生だかんね! 抜け駆けとか許さないから!」
汐見は妹の肩に手を置く。その顔は勝ち誇っていた。
「悪いけどリードしてるのは汐見の方なんだよね」
やれやれと諭すようにそう言った。
ムキ―! と猿のようにジタバタする妹。大人として、と諭された後にする行動ではなかった。少し成長を見せたかと思いきや、すぐに手のひらを返さざるを負えない態度に頭を抱えたくなる。
見かねた工藤さんが妹を宥める。
手すきになった汐見はそっと俺の横に座る。黙したままの汐見から話しかけろという圧を感じた。
「感謝するよ。舞香に説教垂れるのは俺じゃできない」
「ユニットメンバーとして当然のことをしたまでだから気にしないで。原石を原石のままにしておく趣味はないから。アイドルの形にカットするのは汐見たちの役目。トリートメントするのはお兄さんの役目だよ」
「舞香は勝手に輝くよ」
「子供は一人で勝手に輝けるものだけど、大人は一人じゃ輝けない。沢山の人に手助けしてもらってこそ子供とは比較にならないほど美しく輝けるの」
トップアイドルの言葉は重かった。
「覚悟してね。大人の責任と覚悟を持ったアイドルは変わるから」
「どっちのことを愛してるとか軽々しく言わないようになるなら願ったり叶ったりだな」
「それも含めてなんだけどなー」
工藤さんに宥められてた妹が突然立ち上がる。
「シオミン! レンちゃん! こうなったらテッペン取るからね! それまで逃がさないから!」
工藤さんは困った顔をし、汐見は驚いた顔をしていた。
「覚悟しなきゃいけないのはそっちじゃないか?」
「……推しにそんなこと言われるとか本当に嬉しい」
照れ隠しに俺の肩をバンバン叩く汐見は、妹と工藤さんに強制的に引き離されていった。