交渉というのは価値観が同じ相手にしか通用しない
「半年後、世界を滅ぼすとかいうのに黙って見過ごす馬鹿がどこにいるんだ」
それはもはや交渉にも脅しにもなっていないただの要求であった。
「言い方を直そう。全ての決着はそこでつけようという話をしている」
それでも交渉には程遠い。いや、おそらくここから交渉を始める腹積もりなのだろう。
「半年もの間、お前を野放しにするメリットがない。お前の被害者が増え続けるのを看過しろというのか」
「してくれたら僕も君の妹に年末まで手を出さない」
「信用できない」
「だろうね。僕も君の立場で同じこと聞かされたら信用しないだろう」
「……ならば何故言った。直接出会うリスクを取る理由がない」
「僕としても断腸の思いということを伝えたかっただけだよ」
意味が分からない。
こんなの互いにメリットがない話し合いじゃないか。
落としどころすら見つからない。
コイツはなんなんだ。
理屈も道理もすっ飛ばしている。
真摯な態度を見せれば自分のいうことを聞いてくれると愚直に思い込んでいるのか。
「お前は一体何が目的なんだ」
コイツは世界を敵に回してでも成し遂げたいことがあるはずだ。ならばそこに意味不明な言動の理由が潜んでいるはずだ。
「世界を滅ぼすこと」
「それはさっき聞いた。それをして何を成し遂げるつもりだ」
するとケイオスは不思議そうな顔をする。目を丸くし、まるでそんなことを何故訊く必要があるのかと言いたげな顔だった。
「何を成し遂げたいか……そんなものあったかな。ずうっと昔に忘れてしまったかもしれないし、元からなかったかもしれない。もうそんなものはどうでもよくて、世界を滅ぼせさえすればいいのかも。でもどうしてこんなことを考えたのだっけ。どうしてだろう。ああでも次は完璧にやらなきゃってことだけは覚えてる。そう完璧に」
それから一人でしばらくブツブツと呟き続ける。少年の姿で行われるそれは異様で君が悪い。そして、呟きの中で聞こえてくる「完璧」という言葉が引っかかる。ブルースフィアにある雪山で戦った時もコイツは言っていた。完璧でなければならない、と。
完璧主義といえばそれまでだが、コイツのそれは気が触れているように感じられる。
「お前にも友人がいたらしいな」
以前樹神さんがコイツの身辺調査をした際に聞いた。
コイツにも親しい精霊の友人がいたことを。そいつらに自らをケイオスと名乗るぐらいには親しい間柄だったことを。
そいつらはケイオスのことをこう評していた。
「そいつらは言っていた。お前は神が人を統治する時代に戻したい。もしくは神の気まぐれで人が簡単に死ぬ世界にしたいのか、と」
俺の問いかけでケイオスは呟きを止める。
「僕はそんなものはどうでもいい。僕は統治する気なんかない。滅ぼせればあとはどうとでもなればいい」
破滅主義者。
滅びこそが目的。
なればこそ禁忌を犯そうが何をしようが構わない。全てを滅ぼしたあとには自分すら残らないから。
「そんな奴を相手に約束できると考えてるのか。世界を滅ぼしたいだけなら裏切ろうが何をしようが構わないのだろう」
「そうだろうね。でも僕は一つ君が言うことを聞きたくなる理由を一つだけ持っている」
「……言ってみろ」
コイツが喰らったアンジェラの力に関することだろうか。
ケイオスは鷹揚に笑って見せる。
「桜庭だっけ。君の大事な親友を人質にとることもできるんだ」
「あ、そいつに人質としての価値はないから殺したいのならば殺せばいい」
これにはケイオスも目を丸くした。