大人の常套手段
衝撃の事実をサラッと伝えられた。しかも俺に伝えるのが当然といった雰囲気で。
「どうしてそれを俺に?」
「ボスだからでしょ」
「いつ俺がボスになったんですか」
西野さんは「冗談ですよ」と白い歯を見せる。
最近はもはやその手の冗談が冗談にならなくなっているからやめてほしいところである。
「ボスなのは冗談ですが、共有義務はありますよ。だって現場レベルのトップじゃないですか」
事実上のボス宣言。
「ボスだろそれは」
ツッコミにいられなかった。
西野さんはそのツッコミを待っていましたとばかりにニンマリした。
「樹神さんは支援とかはしても作戦自体に関わらないですし、私や堂島なんかは関係各所の利害調整担当みたいなことメインですよね。北御門さんとかは護衛みたいなものですから、やっぱり現場で動く三刀さんには伝えておいた方がいいっていうのが総意ですね」
それはそれとして返答はする社会人の鑑であった。
「妹とか汐見に本当のことを伝えなくていいのですか」
「ユニット組む組まないでいつまでも悩まれてちゃ困ります。いつどうなるかわからないからできるだけ早く神としての力を高めて欲しいっていうのが宮内庁の見解ですね」
言わんとしていることはわかる。もし今、ケイオスが暴れ始めたら止められるのは俺しかいない。しかも本当に止められるかはわからない。ならば少しでも可能性を上げたいのが本音だろう。
「俺がバラすかもしれないと考えなかったのですか」
「バラしても問題ないですね。大事なのは次のステージに進むことですから。憎まれ役ぐらい買って出ますよ」
「あのう、今回憎まれたの私だけなんですけどぉ」
ポンポコリンがため息を吐く。
「ごめんごめん。できれば職を失うのは勘弁だから助かったよ」
「これを機に仲直りできればいいんですけどぉ」
「まーコラボしてた時は仲良くやってたみたいだし、時間が解決してくれるでしょう。大人と違って」
「期待するしかないですねぇ」
大人の世知辛さが垣間見えた気がした。
「西野さん、他に何か嚙んでることとかないですよね」
「人を悪巧みしかしないみたいに言わないで」
「もしくはゲロ吐いてるイメージしかないです」
「それも言わないでおいて」
話は以上だった。
部屋に戻っても工藤さんのデビューに向けた相談をしていて、俺では力にならなそうだからそのまま外に出た。
旅館の外を散歩する。そこまで広くはない温泉街。毎日ここで過ごしていれば多少なりとも顔馴染みができる。飯屋の看板娘なめっぽう明るい雪女、皮肉屋な一反木綿などは挨拶するぐらいの仲にはなった。人間社会に馴染めない俺であったが、どういうわけか妖怪社会にはとても馴染めていた。俺の知名度が高く、あの討伐作戦の真相が知れ渡っているからという側面があるからかもしれないが。
そんな温泉街を歩くと誰かが声をかけてくることはある。
顔馴染みかもしれないし、初対面かもしれない。
後ろから服の裾を引っ張られる。
「少し話そうじゃないか」
子供の声に振り返る。
そして目を疑った。
「もし僕がここで殺す気だったら今頃君は死んでいるよ」
ケイオスが子憎たらしい少年の姿でそこにいた。