唐変木
一通り話し終える。最初はうんうんと頷いていた樹神さんであったが話し終える頃には当時の妹と変わらない呆れた顔をしていた。
「君、彼女いたことないやろ」
「そもそも友達だって桜庭以外にいたことないです」
樹神さんの後ろで自身を指差す北御門を無視してそう言った。
「さっき言ってた妹ちゃんとのやり取りで何か気付いたことないんか」
「舞香を赤の他人ではなく家族として、妹として大切にしなきゃなとは常々思っていますよ」
「そこが間違いだと思わへんわけ?」
「……正しいでしょう? 血は繋がらなくとも家族なのだから」
「かーっ、正しいようで間違ってるってのになんで気付かれへんのや!」
俺のどこが間違っているのだろうか。妹を妹として見るのは兄として当然のことではないだろうか。血は繋がらなくとも大切な家族として見るのは当然だろう。もはや縁を切るしかないあの両親を蔑ろにしても、妹を大切にするつもりなのだから褒められこそすれ怒られる筋合いはない。
「……なるほど。そういうことだったのですね」
少し考えて気付いた。
「お、この唐変木もやっとわかったのか。言うてみい。自分の間違いを正してみい」
「いっぱしのアイドルになったのだから誉めてあげろってことですね」
頬を引っ張られる。
「ウチにはもうどうしようもできひん。これはもう妹ちゃんに頑張ってもらうしかないなぁ」
腑に落ちない。何が間違っていたのだろうか。
「しっかし君もえぐい環境で育ってんなぁ。ダブル不倫とかリアルであるの初めて聞いたわ」
「人様に話すようなことではないですからね。案外探せばあるかもしれませんよ。離婚自体はありふれてますし、昔と比べればひとり親でも育てやすい時代になってるみたいですから」
「あーそれはあるかもなぁ。支援制度が充実したおかげで離婚しやすくなったものの、子供には両親がちゃんといた方がいいっていう価値観すらも変わったからなぁ。それが悪いっちゅうわけやないけど、良し悪しはあるしなぁ。君んちのは悪い例やな。片方の子供だけを特に可愛がるってのは連れ子周りではよう聞くわ。愛妾の子ばかり可愛がって本妻の子を蔑ろにして、子供同士が将来的に血で血を洗う政争になった殿様とかいたわ」
「それはさすがにスケールが違い過ぎます」
樹神さんが頬を放す。
「ま、話は以上やな。あとで一緒に怒られよな」
怒られるだけで済むのだから安いものだろう。
あとで事情を聞かされ、対応を求められる西野さんはたまったものではないだろうが。
それから俺と北御門は部屋から出て、食事でも取りに行こうという話になる。北御門から誘われ、俺がそれに乗った形だ。蕎麦でも食おうかと旅館の外に出る。犬をそのまま人の形にしたような者や鬼などとすれ違うが見慣れてしまい何も思わなくなっていた。少しずつ俺の中の常識が浸食されているようだった。
その道すがらポンポコリンと偶然出会った。
ポンポコリンはこちらを見つけると、トコトコと小走りで近づいてくる。
北御門は片手を挙げて迎える構えを取った。
「更科さん、偶然だね。僕らこれから蕎麦を食べに行くつもりなんだけど一緒にどう?」
「あ~ごめんなさいですぅ。これから樹神さん達に報告があってぇ」
「それなら仕方ないね。またの機会に」
「あ、待ってください。お二人には先にお伝えしておきますねぇ」
そう言われたので俺と北御門は聞く体勢に入る。
「ユニットを組む三人のデビューライブの日付と大箱を押さえましたぁ」
未だユニットを組むかどうかで揉めている場合ではなくなってしまったようだ。