一流
しばらくして落ち着いた樹神さんが胡坐で不貞腐れる。
「どないせっちゅーねん」
北御門が樹神さんをなだめる。
「会長、他に何か役に立ちそうな記載はなかった感じですか?」
「あるにはあったけど何事にも動じない心を作れとか抽象的なことしか書かれてないわ」
「一応、退魔師としての精神修行をつけてみましょうか」
「それしかないやろなぁ。なんやねん、無我の境地とか明鏡止水とかって。もっと分かりやすく書いとけ」
影の制御は簡単ではないだろうと思っていたし、アンジェラ曰くコントロールが下手くそな俺は並々ならぬ苦労が必要だとも考えていたが、些か求められるレベルが高すぎやしないだろうか。自分の胡乱な認識ではそこらへんのことができる人物は達人とか悟ったなどと評される程には凄いと思われるのだが。それを一介の怠惰な学生に求めるのはいかがなものか。もはや学生と呼べる身分かどうかも議論が必要さえある。
「北御門、とりあえずそれを教えてくれないか?」
「うん、任せて。でも本当に役に立つかは微妙なところだけどね」
「まあ、なにもやらないよりはマシだろう」
影の対応方針が決まったところで樹神さんに改めて尋ねる。
「トヨさんが暴走して、卑弥呼さんが暴走しなかった理由についてなにか記載ないですか?」
「んーないなぁ。何か気になることあるんか?」
「あの作戦の日、桜庭は完璧に力のコントロールができていました。センスが違うといえばそれまでですが、暴走する恐れはないのか気になりました」
「センスもあるやろうけど、たしかプロゲーマーなんやろ。一流の競技者は精神面のコントロールを知らず知らずのうちに鍛えられてるってこともあるから、すぐにできたんやろうなぁ。暴走についてはそこまでセンスがあるなら大丈夫やろとしか言えへん。自分を見失うぐらい取り乱す何かが起きなければ大丈夫やろ」
なんだかんだプロゲーマーの上澄みにいた奴さんは凄いのだなぁと感心する。
「てかそもそも論なるけどな、今アンちゃんが総司はんの心の中に居着いてるわけやろ。そうなるとまた別問題が絡んでる気もするけどなぁ」
「逆に同じように暴走したトヨさんにも何か巣喰っていたとかあるかもしれないですね」
「あー他所から連れてこられた子っぽいし、あるかもなぁ。せや、あの三人娘はどないなった? 上手いことアンちゃん目覚めさせれば解決できるかもやし、期待しとるんやけど」
「揉めに揉めてます」
「んーまー大事なお兄ちゃん盗られた形になるわけやから揉めるやろうなぁ」
「俺らそこまで仲のいい兄妹じゃないですよ」
ギョッとした顔をされた。樹神さん、北御門の両名に。
「三刀さん、あれで仲悪いは通らないと思うよ。本当に仲悪い兄妹って会話すらないし。僕の友達なんて廊下ですれ違う度に舌打ちされるとか言ってたから」
「せやな。普通に会話成立してて、兄に甘えてる妹なんて希少生物みたいなもんやから。保護せなアカンレベルで珍しいんやで」
世の中の兄妹というものは些か荒み過ぎではなかろうか。
「出会ってから数年はすれ違う度に怯えられましたけどね。ここ数年ですよ、俺に対する態度がデカくなったのは」
樹神さんは俺の手を引き、ソファに座らされた。樹神さんはその隣に腰掛けて足を組む。北御門に茶菓子を出すように指示を飛ばし、俺に向き直す。
「その話詳しく聞かせて」
肩に回されたその腕は力強く、絶対に逃がさないという意志が感じられた。
ただし、その目はキラキラしており、確実に好奇心のみで駆り出された行動であるのは明白であった。