鈍感系
場所は電脳世界に移る。
とは言ってもポンポコリンが用意したプライベートスペースだ。元々俺が契約していたプライベートスペースよりもセキュリティが厳重ということで、この里に来てすぐに妹は活動の拠点をそちらに移した。オカルト相手にセキュリティがどの程度意味あるのか疑問だったが、里にあるものと同じ呪術的結界が施されていると聞いた。きっと効果はあるのだろう。
ポンポコリンが用意したプライベートスペースは俺が用意したものより格段に広い。しかも複数のスペースに分かれており、配信スペース、作業スペース、休憩スペースなど用途によって使い分けができる。広めのワンルームから何LDKの部屋に引っ越したようなものであった。
これで晴れて更新料を払う意味がなくなった俺のプライベートスペースは契約終了、と思いきや妹が「我が家はあっちだから手放すなんてとんでもない!」などと我儘を言い出したせいで契約更新をする羽目になった。
そんなプライベートスペースに訪れていた。
妹に呼び出されたから来たわけであるが、呼んだにも関わらず不機嫌な顔でこちらを睨んでいる妹がいた。
「何睨んでいるんだ」
このままでは埒が明かないと訊いてみた。
すると妹は俺の横にいる人を指差す。
「なんでシオミンがここにいるの!」
俺の横にはちょこんと正座する汐見がいた。指差された汐見はうろたえることなく笑顔で返す。
「お兄さんから呼ばれたから汐見はいるんだよ」
「わーたーしーはぁ! 呼んでません!」
「うん、お兄さんが呼んだからね」
「とぼけてないで出てってよ!」
ぷんすかする妹をまあまあとなだめる。
「舞香、お前もそろそろ諦めろ」
「ユニット結成の件でしょ。私はレイちゃんと組むって言ってんじゃん!」
「そこに汐見が混ざっても別に問題ないだろう」
「かーっ! なにが汐見よ! 呼び捨てにしちゃってさぁ! ちょっと親しくなったら呼び捨てとか陰キャのくせにプレイボーイ気取りやめて欲しいんですけど!」
「お前は何がそんなに気に入らないんだ」
「今のにーちゃんの全てが気に入らないけど!」
埒が明かない。どうしたものか。
隣で佇む汐見はおかしそうに妹を眺めていた。
「マーイマイっ」
語尾にハートが付きそうな甘ったるい呼び方であった。
「なによ」
「お兄さんのこと盗られたみたいで嫌なんでしょ」
一瞬、妹はたじろいだように言葉を詰まらす。
「は、はあ? そんなわけないし。人をブラコンみたいに言わないでよ」
「大丈夫。盗らないから安心して」
「別に盗られようが何しようが私には関係ないし」
「うんうん、マイマイのそういうところ好きだよ」
「現役アイドル界のトップがファンみたいなこと言わないでよ」
「ファンだって言ったじゃない」
「嘘はよくないでしょ」
「嘘じゃないよ。ファンだよ、ファン。前コラボした時にほっぺにちゅーしたのも百合営業ってのもあったけど、好きな人じゃないとちゅーしないよ」
「それはそれで怖いんだけど。マジで」
「また百合営業コラボしようね!」
勝負あった。
妹は怖気からか別のスペースに駆け足で逃げ込んだ。
「あまり妹を虐めないでくれないか」
「マイマイのこと大事にしてるんだね」
「あんなのでも家族だからな」
「そういうのいいよね。血の繋がりはなくても家族っていえる関係性。更科は親みたいではあるけどどちらかというと友達寄りだからなぁ」
「友達みたいな親ってことでいいじゃないか。俺の親なんか最悪だぞ」
「もし汐見に現実の肉体があったら今すぐに君を連れ出して助けてあげるのに」
「あの時助けてくれた。それだけで十分さ」
「汐見はまだ満足してないけど、妥協は必要だと勉強したんだ」
意味がよくわからなかった。
「マイマイが神様になって肉体を取り戻したらさ、マイマイのことちゃんと考えてあげてね。汐見は肉体ないからどうしようもないし」
本当に意味がわからない。
「うん、あとでお説教かな」
「待ってくれ。身体取り戻したら普通の生活に戻してあげるつもりだぞ」
「そういうことじゃないんだけどなぁ」
心底呆れた顔をされた。