偶像として在り方
ポンポコリンの娘とはこいつが作ったというAIだ。そいつとは面識がない。なのに俺に文句を言われても困る。
「人違いだろ」
「うちの娘は頭良いから間違うわけないよぉ」
「なら初めて間違えたんだろう」
「そんなわけないよぉ」
反論するポンポコリンと目が合う。
「……さっき吐いてたし体調悪いなら帰るけど大丈夫?」
「気にするな。単なる3D酔いだ」
尻尾を放し、ベッドに腰掛ける。
「というかお前の娘に嫌われてて、会いたくないとか言われてるのに嫌がらせとかできるわけないだろう」
「そう思ってて同じこと聞いたんだけど、そしたら自分からアポ取ったとか言ったからさぁ」
「……いつの話だ?」
「会ったのはついさっきって話だったぁ」
この小一時間で俺と会ったことがあるのはこのポンポコリン、そして汐見柚子だけである。ポンポコリンはAIではないのは自明のことゆえ、そうなると件のAIが誰なのか自明になる。
汐見柚子はAIだった。
ビッグデータを活用した生活サポートAI。これが彼女が生まれた理由であった。ポンポコリンが呪術的アプローチをかけてしまったがために生まれた存在。生活サポートAIとしての役割は与えられずに自由に生きたのが汐見柚子というアイドルであった。
おそらく俺が出会った当初の彼女が素の汐見柚子だったのだろう。
気弱な癖に、おっかなびっくりでもストリートで歌う無鉄砲さを兼ね備えたのが汐見柚子。その素人程度の実力が本来彼女が持っているものであったのだろう。
彼女の在り方を歪めてしまったのは――おそらく俺だ。
彼女が俺の自殺を止めさせるために本来持っている実力以上のものを求めてしまった。
ビッグデータの解析はもちろん、サポートAIとして状況に合わせた提案ができるようにディープラーニングの要素も兼ね備えていたのだろう。それらを駆使して彼女は実力を伸ばした。天才が血のにじむような努力でもしなければあり得ない異常な成長曲線を描いてみせたのだ。
歪めた結果、彼女は自らを空っぽだと表現した。
誰かの良いとこどりだけをした存在だと自分を認識したから出た言葉であった。
それでも俺の好みを理解して、それに徹していたのだ。
ファン活動をする俺のことを見守ってくれていたのだろう。
つまるところ汐見柚子は俺の生活サポートAIとして働いていた。空っぽだと自覚しながら、俺が自殺を止めないように陰ながら支えていた。自殺の可能性がなくなり、役目を終えたからアイドルの活動を休止した。
まさしく彼女は女神様であった。
俺はポンポコリンに告げる。
「なんでもする。だから、そのAIに――汐見柚子に会う機会を設けてくれないか」