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お尻隠して毛玉隠さず

 ログアウトして現実へと帰還する。


 目を覚ました俺を待っていたのは強烈な吐き気であった。それを感じた瞬間には身体の奥から込み上げてくるものがあった。ヘッドマウントディスプレイを雑に外し、口を抑え、口内に汚液を貯め込みながらトイレへと駆け込む。


 便器に汚液をぶちまけた。


 胃の中が空っぽになるまで繰り返す。


 トイレの中が酸性の鼻につく匂いで充満する。不快なはずの匂いであるはずなのに鼻は馬鹿になり、だんだんと不快を感じなくなった。吐き切ったあとに残る多少の吐き気と疲れだけが感覚を支配していた。


 息遣いを整える。


 荒い呼吸で濁った空気でもいいと少しでも体内に残ったものと入れ替えることを身体は欲していた。呼吸することだけに身体は手間取られ、余裕ができてしまった頭は余計なことを考え始める。


 俺と深く関わった人間は皆不幸になる。


 妹も桜庭もアンジェラも汐見もみんな何かしら不幸になった。まだ付き合いの浅い北御門や工藤さん、樹神さんや本事件における各関係者はまだ無事であるがいつどうなるかさえわからない。ならばいっそのこと俺が消えてしまえばなんて責任感のないことが頭をよぎる。


 よぎった思考を自ら頬を叩き、抑え込む。


 考えるな。


 考えたら深みに嵌る。


 息を深く吐き、大きく吸い込むことだけに意識を向ける。


 それを繰り返し、身体が楽になっていく。


 吐しゃ物を流し、便器の前で座り込み楽な体勢に移る。


 換気扇が空気を入れ替え、酸性を帯びた空気も少しずつ消えていく。


 立ち上がり、部屋に戻る。


 幸い部屋には誰もいなかった。この時間はいつも誰かしら邪魔しに来ていたから今日も誰かいるものだと思っていた。おそらく俺が電脳世界に行っていたことで今日はお開きにでもなったのだろう。妹も俺が相手できないことを悟ってか、工藤さんあたりの部屋でお泊り会でもしているに違いない。


 この情けない姿を誰にも見られなくてよかった。


 俺が気張らなくてはならない時に弱ったところを見られたくなかった。


 心配なんてされたくない。


 心配なんて居心地が悪いことされたくない。


 心配されるぐらいならば後ろ指差されていた方が安心する。


 もう寝てしまおう。


 ベッドまで向かうと、ベッドと壁の脇から見慣れないふわふわの毛玉が見える。茶色いふわっふわな毛玉だ。その根本にはデカい尻があって、そこからポンポコリンが隠れるようにベッド脇に入り込んでいた。


 ポンポコリンと目が遭う。


 尻尾を鷲掴みにする。


 ひゃうっ、と声をあげるポンポコリン。


 その尻尾はほとんど毛でできており、掴むと実物は思ったよりも細かった。


「こそこそ隠れて何やってんだ」


「尻尾はやめてぇ。そこ掴むのはセクハラだよぉ」


「んな妖怪のセクシャル事情なんて知ったことか。なんで隠れてる。何かしようとしてたのか?」


 こいつは前科持ちだと聞いている。信頼関係を築けてない今、その情報をもとに疑うしかない。


「違うよぉ。娘が君のせいで落ち込んでたから一言文句言ってやろうかなと思ったら体調悪そうだったから、またの機会にしようと思ったけどぉ今更出てくと気まずいしぃ、だから隠れてたのぉ」


「……娘?」

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