女は化ける
彼女は変わった。
見違えた。
まず、路線がアイドル方面にシフトした。
ポップな歌に踊りを加え、チャッチーな方向性へと変わった。難アリだった歌唱力は音程は外さなくなり、表現力もついた。持ち味だった綺麗な声は澄み切ったと思えるほど美しく仕上がっていた。そして何より俯きがちだった彼女が笑顔で客前に立っていた。
この短期間で著しい成長を遂げていた。
血のにじむような努力が必要だっただろう。
素性の知れない俺のための努力だったと思うと、途端に恥ずかしくなった。
死んで楽になることばかり考えていた。自分のエゴを貫き通すために生きて、ダメだったら死んで楽になればいいなんて虫のいい話だった。エゴを持ったキッカケが他人の行いだとしても、行動したのは自分だ。ならばその責任は自分にある。生きてその恥辱を甘んじて受けなければならない。そうでなければ約束を果たした彼女に申し訳が立たなかった。
俺は世界に期待することをやめた。
世界と折り合いをつけて生きていくことにした。
手が届く範囲で、手に余らない程度に正しくあることにした。
諦めた。
諦めて大人になった。
高校に入学し、ほとんど一人きりで三年間を過ごした。メジャーデビューした汐見柚子の曲で寂しさを誤魔化し続けた三年間であった。大学入学をしたら桜庭という無二の悪友ができるのだが、それまでは一人きりで生きていくものだと思っていた。
バイトして稼いだ金でヘッドマウントディスプレイを再度購入し、昔購入したアバターで汐見柚子の握手会に参加した。いつか直接感謝の言葉を伝えたかったが、それは辞めることにした。彼女はもう違うステージに立った人間であった。
ならばもう過去にあったことなど気にせず活躍し続けて欲しいと願った。
だから一ファンとして彼女を全力で応援することに決めた。
その結果が妹から気持ち悪いと言われる羽目になったシオミングッズに溢れた部屋である。
心から敬愛する汐見柚子が活動休止するなんて信じたくなかった。
命の恩人に恩を返す時が来たと思った。
手が届かなろうが、手に余ろうが、これは俺の至上命題であった。
幸運なことに今の俺には政府筋から汐見柚子関係者に接触できる機会がある。そこから情報を探り原因の排除を努めればいい。やっていることは過激派ファンと遜色ないが、これはエゴである。彼女のためならば死んでもいいという覚悟を持ったエゴである。
政府筋から関係者に接触――おそらく彼女が所属する事務所に連絡がいくだろう。そこからどうやって彼女の復帰まで繋げようか考える。俺ら兄妹のアンチのせいで心痛めたのならばそれの排除は必要だ。だが、たかだかコラボ相手のアンチで活動休止にまで追い込まれるだろうか。
そこで思い出す。
今回の大事なお知らせがあることを事前に知っていた人物について。
あのブランド女だ。