出会い
最初何を言っているのかわからなかった。いや、理解を拒んでいたのだろう。精々何かの告知だろうと高をくくっていた自分には衝撃的過ぎた。
だが現実は無慈悲で残酷であった。
活動休止を告げた口で、その決断に至った理由が告げられる。原因はストレス。詳しくは語らなかったが最近のアンチによる誹謗中傷が原因と言った。おそらく俺ら兄妹を擁護したため、アンチの矛先がシオミンに向かったと考えられる。
同じ考察に辿った者は数多くいた。
お前らさえいなければ。
そんな論調で俺ら兄妹に対する非難は高まった。どこを見ても俺らに対する誹謗中傷で溢れかえっている。今までアンチに何を言われても屁ではなかった。だが今回は話が違った。
俺のせいでシオミンが活動休止に追い込まれてしまったからだ。
その事実にひどく堪えた。
こんな思いをするぐらいならばアパートに侵入された時に殺された方がマシだった。
俺にとって汐見柚子は単なるアイドルではない。
彼女は命の恩人なのだ。
それはまだ初々しさ残る中学生の頃にまで遡る。
当時の俺は反抗期も合わさり今の数十倍捻くれたクソガキであった。そのくせ正しい生き方に固執して、鬱陶しさの塊であった。無論、友達なんて一人もできなかった。桜庭のような中身が腐った蜜柑のような汚物は中学なんて小さなコミュニティで見つかるべくもない。
殴られ殴り返し、リンチに遭っては一人ずつ闇討ちする。
毎日が戦争であった。
傷だらけの日々。父からは「警察沙汰にはなるなよ」と金言を頂き、義理の母からは「大きな怪我だけはしないでね」と放任されていた。彼らにとって大事なのは娘であって、馬鹿息子は愛娘に悪影響を与えなければどうでも良かったらしい。当時まだ小学生だった妹は毎日傷だらけで帰ってくる俺に恐怖感を持っていたのか、その頃は寄り付きもしなかった。だからこそ両親は安心して放任を決め込んでいたのかもしれない。
学校にも、家庭にも拠り所がなかった。
心を擦り減らすだけの毎日だった。
そんな生活を続けた中三の冬。
限界を迎えた。
その頃はいつ死ぬかばかり考えていた。
高い所に立てば「飛び降りれば楽になれるか」と考えた。
電車のホームに立てば「飛び出せば楽になれるか」と考えた。
刃物を持てば「喉に突き立てれば楽になれるか」と考えた。
風呂でさえ「このまま沈み続ければ楽になれる」と考えた。
全てが死に繋がっていた。
どうせ死ぬなら、と小学生の頃から貯めていた金でヘッドマウントディスプレイを購入した。リアルではどうせどこにも行けないのだから、電脳世界で最後くらいは綺麗な景色で見納めして人生に幕を閉じようと思った。
やっすい量産型アバターで色んな景色を見て回った。
綺麗な景色だったはずだが擦り切れた心では何を見ても記憶に残らなかった。
こんなものかと世界に見切りをつけ、いよいよ自殺の前段階に入る。
そんな折、声が聞こえた。
ストリートを再現した電脳世界。ストリートミュージシャンやアイドル志望がよく歌っている街。雑踏に搔き消されそうなほど小さい声が耳に届いた。
声がする方へ近づいてみた。
歌声であった。
ひどく小さな声。音程はところどころ外している。目線は俯き、もはや歌っているのか話しているのかすらわからない。
沢山の人が往来する道で、誰も見向きすらしない歌手。
それが汐見柚子との出会いであった。