妹<シオミン
この里に連れて来られてから数週間が経過した。
その間にポンポコリン主導のもと、まともなパソコン環境がなかったこの旅館にも文明開化の音が聞こえてくる。妖怪の里という形式上、大手の運送業者がこの里に入れない問題があった。それを国主導で人間社会に溶け込んでいる妖怪かつ運送業者をどうにかこうにか探し出し、各通信事業会社と協議し、たかだかパソコン環境を整えるだけで数週間あたりかかってしまった。
ちなみに大昔、ネット環境がないと大騒ぎした若い妖怪の手によって里にはネット環境だけは整っていたらしい。旅館には通っていなかったが。ポンポコリン曰く、人間社会を知った妖怪はもう二度とネット環境がない世界には耐えられないとのことだ。
こんなところで生活レべルを上げると下げられなくなる実態の末を知ることになるとは思わないし、ないなら作ればいいという頭良いゆえのパワープレイに走ることになるとも思わなかった。
こうして出来上がったパソコン環境に歓喜したのは妹であった。
まともな環境がなかったため配信ができずにストレスを溜め込んでいたらしい。樹神さんに愚痴り倒し、工藤さんとのおしゃべりでストレスを発散し、俺をサンドバッグに我儘放題する日々はようやく終わりを迎えるのである。
だが配信に関して懸念があった。
この数週間でケイオスの出現地域は日本だけに収まらず全世界に広がっていた。記憶が全損する者、意識不明のままになる者が世界中で大量に出ている。それによって日本を標的にしたテロリストが出たらしいと他人事として傍観していた世界が、ついに当事者になった。つまりはその犯人だという言説が絶えない俺の自宅が襲撃された事件も世界に流れた。
俺の素顔が全世界に知れ渡ったわけだが、正直それは今更なのでどうでもいい。全世界からバッシングを受けているわけだが、日本中に知れ渡った今では今更である。
問題なのは俺の妹として、また死んだ妹の身分を騙った者として舞香が叩かれていることだ。
この旅館には電波程度は通っているからそこから情報を集めていたが、妹が数週間配信をできなかったことから事件に関わりがあるとして犯人扱いをする輩が大量にいた。ケイオスが世界で事件を起こす度に、見慣れない言語での誹謗中傷も増えていった。
その状況下で配信をやっても妹の心を折るだけではなかろうか。
そう諭してみても、今でも帰りを待ち望んでいるファンのために配信すると言って聞く耳を持たなかった。
西野さんに頼んで、俺ら兄妹が事件の犯人ではないと情報工作を依頼したが、多勢に無勢、やればやるほど反論が積み重なり、工作員の主張は胡散臭くなり、国が絡んでいるのではないかという陰謀論まで飛び出し、俺ら兄妹の疑いはさらに濃くなるという悪循環に陥っていた。
この状況を打破しなければ先はないのだが、打破する手立てが思い浮かばない。
このままでは妹が配信を強行してしまう。
はて困ったと頭を抱え、困り疲れて、シオミンに癒されようと動画サイトを開く。
すると大事なお知らせという題名の動画がアップされていた。
こういうのは大体サムネ詐欺というもので実際はどうでもいいお知らせがメインだ。だが稀に本当に大事なお知らせをこのタイトルでしてしまう人がいる。引退する可能性がコンマ数パーセントでもあると思うと居ても立っても居られなくなり動画視聴を始めた。
その動画は短いものであった。
シオミンが思っていることを伝えるだけの短い動画。昨今の俺ら兄妹に対するバッシングをやめて欲しいという内容。コラボして友人となった俺ら兄妹を批判するのは心苦しいと心痛な面持ちで伝えてくれた。
気付けば目頭が熱くなっていた。シオミンが俺らのことを思って動画を出してくれたことに心が暖かくなる。
妹が百合営業は嫌だと、シオミンとユニットを組むことに拒否反応さえ示さなければ、やはり一番ユニットになって欲しい方であった。別にいいじゃないか頬っぺたにキスされたぐらい。減るものではないのだから。