映りたくない人
桜庭と合流した俺たちは出撃準備室なるチームメンバーだけで集まることができる部屋へ向かった。そこではどのゲームモードで遊ぶか作戦を考えたりすることができる簡単な作りの部屋だという。中には雑談部屋として押さえる人もいるらしい。
その部屋に着いて皆が適当な椅子に腰かけたのを見計らい「わざわざ今日呼んだ理由はなんだ?」と切り出した。
「エネミーの調査をしたいからってのはあるが、親睦を深めるっつーのが趣旨だな。これから三人で行動することが増えるんだからギスギスして連携取れないのは避けたいしな」
「それでこのゲームか? もっと気楽にできるゲームの方がいいんじゃないか。俺はド素人だぞ」
「俺はそれでも良かったんだが、舞香ちゃんのことを考えるとこのゲームの方が都合良いと思ってさ」
「コイツのこと?」
妹に視線を配るが、妹もよくわかっていないらしく首を傾げていた。
「舞香ちゃん、配信者かネットアイドル志望でしょ? プロゲーマーサクラバとのコラボってことで配信していいよ」
だからお前はその恰好なのか、とツッコミたくなったがそれ以上に妹が配信者もしくはネットアイドル志望ということを聞いてそれどころじゃなくなる。
キャッキャッと配信の準備を始める妹の肩に手を置く。
「お前、配信者なのか?」
妹は準備をする手を止める。
「んー正直今の時代、配信者とネットアイドルとの境曖昧だからなんともだけど、大きなくくりで言えばそんな感じかなー。てか、ロビーであとで話すって言った件覚えてる?」
「あープロゲーマーとしての桜庭を知ってた件か」
「それそれ。サクラバさんってストリーマーとしても活躍してるから、界隈トップの配信者もといネットアイドル目指してる身としては知らなきゃ駄目なやつだし、見たらまたこれがいい勉強なるんだなー。この衣装だってそれ目指して準備したやつだしね」
「この際、お前が妹だろうが妹じゃなかろうがどうでもいい。配信はやめろ。俺は出る気はない」
「えー! にーちゃんも出ようよー! ネットアイドルでもリアル兄ちゃんとか弟くんとかが一緒に動画に出てることもあるから普通だって。恥ずかしがるようなもんでもないし」
「そんな出たがりと一緒にすんな。俺は表舞台に出る気はない」
「うわー陰キャ思考。もっと日の当たる場所歩きなー?」
「俺は日に当たると死んでしまう病にかかってるから無理だな」
その不毛なやり取りに「まあまあ待て待て」とひらりとした口調で桜庭が割り込んでくる。
「この陰キャくんに陽キャ理論じゃ首を縦に振ってくれないぞ」
「お前は喧嘩売ってるのか?」
桜庭は席を立ち、俺の肩に手を回す。
「……実は事務所の伝手で手に入れた汐見柚子のライブチケットがあるんだ。しかもSS席だ」
それは推しのライブチケットであった。
電脳世界ならば誰もがSS席で見ることが可能なのに「現実世界と同じような体験を」という糞みたいな建前の名の下に、ぼったくり価格に加え、ありえない抽選確立を潜り抜けなければ手に入れられないものであった。
「ギブアンドテイクでいこうじゃあないか。オレはエネミーの調査ができる、舞香ちゃんはネームバリューのあるオレとコラボができる、お前は推しのSS席ライブチケットを手に入れられる。三方良しで誰も困らないだろ?」
その悪魔の囁きに抗うことなどできるだろうか。
無論、無理だった。
プライドを投げ打ってシオミンのSS席ライブチケットを手に入れられるのならば安いものだ。
そう自分に言い聞かせなければ、配信に映る自分の姿に恥ずかしさでのたうち回ってしまいそうだった。