ノストラダムスの大予言
ノストラダムスの大予言とは一世紀ほど昔の世紀末に流行った世界滅亡論だ。昔を振り返るという内容のテレビ番組で特集されていたのを覚えている。同時に二千年問題も一緒に特集されていて「昔の人は先のことを考えないで馬鹿だなぁ」などと妹が馬鹿みたいな感想を述べたのをよく覚えている。
「当時の空気感とかはどうでした?」
「いうて心から信じとるのは滅多におらへんかったな。当日になっても学校とか会社とか普通にあったしな。けど共通の話題としては便利やったし、ワクワクもする天気の話みたいな感じで皆して話しとったな」
「恐怖の大王って神様からしたらどんな存在ですか?」
「世界を終わらせる力を持った神がまだ地上に残ってたら、今まで仕事もせずにどこに隠れてたんだ! って袋叩きに遭わせてやるとか冗談言いあってたわ」
「恐怖の大王っていう概念の神様が生まれたりはしなかったんですか?」
「一時のブームじゃ神様にはなれへんな。あったとしてもブーム程度じゃ付喪神程度が関の山やな」
「付喪神は神様の分類じゃないんですね」
「日本人はよくわからんもんを祀るから神様って呼ぶけど、実態は精霊みたいなふわふわしたもんやな」
「もしかしたらその時生まれた精霊がいるのかもしれないんですね」
「せやな」
「……それがケイオスだったりしませんか?」
沈黙。
樹神さんが反応を示すまで待ち続ける。
そして返ってきた反応は「いやぁ、さすがにそれはないやろ!」と笑い飛ばすものであった。俺自身確信があって聞いたわけではないのでその反応に「やっぱそうですよね」と笑って返した。
笑っていたら修行場に到着する。ほどなく北御門が走って追いつく。その肩には何本かの刀袋をかけていた。
「さて道具も届いたことやし、やろか」
その掛け声で樹神さんは刀袋から一本取り出し、俺に手渡す。
「抜いて、適当に心込めてみ。壊しても構へんから全力でな」
鞘から刀の抜いた。刃が丸く潰してある刀であった。模造刀だろうか。だが刃は鋼鉄であり、頑丈そうに見える。これが壊れるというのが想像つかなかった。コンクリートにでも思い切り叩きつけてようやく刀身が歪む、そのぐらいには頑丈そうであった。
目の前に刀を構える。
授業で剣道をやった時に覚えた中段の構えだ。
木刀よりも手に掛かる負荷が大きい。ズシリと感じるそれは、ちゃんと力を入れ、姿勢を正さなければ前のめりになってしまいそうだった。電脳世界ならば片手で自由自在に扱えるというのに、現実との落差に悲しくなってしまう。この世には身体を鍛え、電脳世界の動きを現実でも再現しようとする猛者が一定数いるらしいが、モヤシ野郎には縁のない話である。
雑念を振り払い、刀に意識を集中させる。
ゲーム内で行ったときと同じように魂を、心を、刀に込めていく。
妹を神にするという誓いを。
ケイオスに対する怒りを。
アンジェラの無念を晴らすという覚悟を。
刀の周囲がほのかに発光し始める。それは段々と光量を増し、強く鋭い光に変化していく。
まだいける。
こんなものではない。
俺の魂はまだ足りないと叫んでいた。
――力が抜けた。
立ち相撲で勢いよく出した腕が相手を捉えられずにそのまま倒れてしまうような、力の行き場が失った感覚に陥った。
刀身から急速に光が失われていく。露わになった刃はひび割れ、そして砕け散った。
行き場を失った俺の魂が、足元から広がる。
それは影のようなナニカとして広がっていく。