樹神さんは女王だったこともある
偉大で尊大な樹神さんは安土桃山時代に生まれた村娘であった。
特別な力をなどなく、他の人と比べても秀でた箇所はない平凡な少女だったという。本当に何処にでもいる少女だった。
当時、樹神さんが暮らしていた村は平穏であった。辺鄙な場所にあったがゆえ、戦火が降り注くことが少なかったという。当時の為政者が善政を敷いていたからだろうと樹神さんは懐かしむ。
日々稲作を手伝い、夏は川で涼を取り、冬は囲炉裏を囲んで暖を取る。
そんな平穏で退屈な日々を繰り返していたある日のこと、諸国漫遊していた神が村にやって来たという。その神は古くからある神であり、天上へ戻る前に各地を観光していた。
その神が樹神さんを見初めた。
神々は人の営みに疎い者が多い。それは古い神になればなるほどその傾向は顕著になる。その神は金銀財宝を村に分け与え、対価として幼い樹神さんを貰い受けた。神と村、互いの合意の上でのやり取りではあったが、樹神さんからすれば強引に両親から引き離されたようなものであった。
「当時は子を遊郭に売る、もしくは人さらいなどがあったから、金で買うのは真っ当なもんやけどな」とフォローを入れる。
「それはそれとしてムカつくのには変わらへんけど」と怒りも忘れずに付け足した。
それから神に連れられて樹神さんは、天樹会が生まれた地にやってきた。
そこで神に至る修行を施され、譲位され、神に至る。神の座を譲り渡した者は意気揚々と天上へ昇る。その顔はこの世のしがらみから解き放たれたようであったらしい。その気持ちが今では分かるのがとても悔しいと樹神さんは声を震わす。
「その神さんな、酔うた時に邪馬台国の歴代女王達が巫女だった時もある言うてて、国が滅びたときは流石に落ち込んだらしいわ」
そんな日本史における重要な神から譲位され独り立ちした樹神さん。
気付けば江戸時代と呼ばれる天下泰平の時代に変わっていた。
そんな時代で樹神さんが神になったらやりたいと決めていたことが一つだけあった。それは自分の神社を持つことであった。神から教えを乞うていた頃は、天樹会などなく近所に住む何か畏れ多いものとその弟子みたいな扱いだった。はっきり言うと「あの子と関わっちゃいけません」的な扱いだった。
それから樹神さんは頑張った。
先代の神と違い地域密着型で頑張った。周囲からの評判が上がるように頑張った。困りごとがあれば相談に乗った。植物に関わる事案ならば、頼り切りにならない限りは力も貸した。地域のまとめ役も買って出た。
すべては自分の神社を立ててもらうため。一国一城の主になるため。
頑張って、頑張って、頑張り過ぎて、それでも耐えて頑張って……何故か女王になっていた。
無論、比喩ではある。
だが実態として、その地域は樹神さんをトップとした独自の政治形態を執っていた。藩主ですら頭を下げる程度には女王様であった。そこまでしてなお、神社は建ててもらっていない。なのに神社よりも立派なお屋敷は望んでいないのに建っていた。
「いやー気ぃついたら可笑しなことになっとってビビったわー」
これは健全じゃないと気付きつつも、人を統率する方法を知らない樹神さんはどうしたらいいかわからなかった。
なので当時はまだ多少残っていたという他所の神にどうすればいいのか尋ねてみた。
それの返答は至極明快であった。
「神社欲しいって言えよ」
その一言だけであった。
村娘だった樹神さんにとって神様とは見守ってくれるもので何かを要求するものではなかった。神様になったあとでも、その価値観は揺ぎ無く何かを要求しなかった。見初めた神も浮世離れしていたのも一因ではあった。
そんな積み重ねで樹神さんの評判は「何かを要求することはない善性の神」「菩薩のよう優しく、太陽のように明るい」「お供え物を与えればそれ以上の見返りが保証される」といったものであった。
それは贄を用意すれば村を襲わない化物と扱いとしては大差なかったのである。