師匠
評価をしていただいていて、モチベが上がりました。
ありがとうございます。
カナトスの街は、赤く夕日に染まっていた。生き延びた安堵感からか、いつもよりも街は生き生きしていて、美しかった。森では昼でも夜でも薄暗いので、身体だけでなく時間の感覚も麻痺していたということか。そんなことを思いながら、シンボルの時計台を見上げていると、アキオから声がかかった。
「僕たちは、この街に不案内なんだよ。ゆっくり話ができる店とかない?あっ、よかったら夕飯を奢ってもいいよ。なんたって王国数学師だからお給料も多いし」アキオが笑いながら言う。いったい一ヶ月でどれくらい稼いでいるんだろうか。
「おぉ、それならば酒が飲める店を所望するぞ」すかさずヒイロが注文をだす。
「ハッ、それなら私、1軒よい店を知っておりますっ」グレンが新兵のように答えている。おそらくシグマに連れていく気だろう。
「じゃあグレン君に任せるよ」
「では、グレン剣士、よろしく頼むぞ」
「ハッ、こちらでございますっ」
うむむ、あの自由人グレンがここまで敬語が使えたとは。いや、グレンに敬語を自発的に使わせるヒイロのオーラというのか、カリスマ性がただ事ではないということか。
「ところで、カイ君はグレン君の知ってる店でいいんだよね?」アオキが振り返りながら笑いかける。
「ハイッ、異論ありませんっ」アキオがまた笑いながら言う。
「くくく・・・影響を受けやすい性格なのかな?」
「・・・そうかも・・です」グレンとヒイロ団長が先を歩き、その後をカイとアキオが話しなが
らついていく。
「ちょっと突っ込んだこと聞いていい?カイ君はこの世界に来たときのこと、覚えてる?」
「ええ、覚えてますよ。たしか、数学の問題集をやっていて。深夜でしたね。たぶん、居眠りして机で寝てしまったんだと思うんです。起きたらカナトスの街近くの川辺でした」
そのときの驚きは、今でもはっきりと覚えている。想像してほしい。外国の牧歌的な川辺で突然目覚めたとしたらあなたはどうするだろう?カイは立ち上がると周辺を見回し、半径20メートルほどの円の中をランダムに歩き回った。まるで原子核の周りを回る電子のように。
その後、人を見つけ、言葉が通じることに安堵しながら、情報収集をした。そこで最初に話しかけたのが、シグマの看板娘シータだった。何も知らない、何も持っていないカイを世話して、親切にしてくれたシータへの恩返しとして、カイは毎晩シグマに通っている。
「そうだったんだ。おもしろい共通点だけど、僕も同じで数学の問題を解いていて、途中で眠ってしまって・・・起きたらケルマの街の近くの湖だった」
「ケルマは確かカナトスの東にある街ですよね?」シータに教えてもらったアリアの地理がここでも役に立っている。
「そうそう!こっちに来て3ヶ月なのによく知ってるね!」
「最初に会った人がすごく親切で、いろいろと教えてくれたんです」
「そうだったんだ。実は僕も最初に会った人がすごく親切というか、できた人でね。信じられないかもしれないけど、そのとき会った人が避暑中のアル女王だったんだ。そのときはまだ、王女だったけどね」
アル王女は今では20代。アキオと出会ったときは即位前の10代だった。王女時代からその美貌と人格の素晴らしさは他国でも有名だったそうだ。
「えっ!いきなり王女様と会うなんて、ファンタジーの王道中の王道ですね」
「最初は全部ドッキリじゃないか真剣に考えたよ(笑)」
「そしてそれから10年たったわけですね?」
「そういうこと・・。元の世界には帰ることができるのか正直わからないし、もう半分諦めているよ・・帰れないなら帰れないとはっきりわかれば、踏ん切りもつくんだけどね」
「・・・・・」
「まだ3ヶ月しかこの世界にいない君にすべき話じゃなかったね。ごめんね」
アキオは少し悲しそうにカイに笑いかけた。
「いや、謝らないでください。正直、帰る方法とか考えるより、こっちの世界に順応する方にバタバタしていた3ヶ月だったんで、俺は何も気にしていませんよ」
「ありがとう。10年経ってカイ君がこの世界に来た。今までもいろいろと起こったけれど、僕の中ではこの10年間で一番大きなイベントだよ。何かが動き始めるかもしれない」
「動き始める?」
「そう・・・いや、もう始まってる気さえする。今日のリッチの件はその先駆けかもね」
ちょうど前の方ではグレンがヒイロを連れてシグマの中に入るところだった。
「あっ、アキオ師匠、着きました!ここです!」
「えっ、師匠?」
カイは真剣な顔でアキオに向かって、意を決して言った。
「俺を弟子にしてください!アキオ師匠!」
「・・・まぁ、数学師は2人しかいないしね。・・いいよ、弟子入りを許すっ(笑)」
「これから、よろしくお願いします!」
「とりあえず中に入ろうか?」
2人は賑やかな声に迎えられて、火が灯りだしたシグマに吸い込まれていった。
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