王国数学師
「危ないところを助けていただいて、ありがとうございました」
カイとグレンはペコリと頭を下げた。
「いいよいいよ。結局、逃がしちゃったし」
アキオは頭を掻くようなしぐさで笑いながら続ける。
「それにしても、君はこっちに来てどれくらい?」
暗に、この異世界に来てという意味だろう。と、いうことはこの人もここでは異邦人か。
「3カ月くらいです」
「名前は?」
「俺がカイで、こいつがグレンです」
「僕はアキオ。もうこっちに来て、10年になるね」
「10年!!?」
「そうそう。でもラッキーだったのはあっちで数学に関わる仕事をしてたから、ここでは数学師として結構成功してるんだよね」
「えっ!そうなんですか!?・・・成功?」
「うん。ほら、数学師って数学できればこの世界では数術って名の魔法、使い放題だよね?魔物倒したらオーブでるからお金には困らないし。やらしい話、特別な能力で強くて、お金もあれば・・・モテるしね。」
「な、なるほど・・・」
「まぁ、この世界では、かなり人生を楽しんでたんだよね。そうしたら噂が広まってアリア城に招待されて、王国数学師になれてね」
「じゃあ、このアリアで唯一の王国数学師でアリアの賢者とも呼ばれている数学師って・・・」
「僕のことだね」
「っ!・・・」
噂には聞いていた。女王からの寵愛を受ける数学師がいると。その数学師は、このアリア王国を護る王国第一の盾であるとも。
「カイ君のことは城まで話が聞こえて来ていたから、いつか会わないといけないとは思っていたんだ」
「俺のことが?」
「そりゃそうさ。数学師なんて大きな国でも2人もいないからね。いくら地味に暮らしていても目立つよね」
そんなに噂になっているとは気づかなかった。アリア城があるのは、首都のマウロ。カナトスから南に数100㎞はある。
「異変の調査に来たら、その本人のピンチにバッタリ会うなんてね」
「異変の調査?」
「そう、実はこれまでより強力な魔物が生息域を拡大させ始めている兆しがある。1カ月前に、無限平原であったゴブリン旅団との戦いがきっかけさ。あの時に女王は危機感をもったみたいで直接、王族特務チームに調査を命じたわけ」
無限平野のゴブリン旅団との戦いは、カイとグレンも参加し、ゴブリンウィザード・コマンダーを1体仕留めている。その時のアーティファクトがこのゴブリンの宝杖だ。アキオはさらに続ける。
「さっきのリッチみたいな魔物が子分を組織して、ダンジョンから出ようとしている。もう少し時間を与えたら、第2のゴブリン旅団の戦いになっていただろうね。まぁ、今回はゴブリンじゃないけど」
そのとき、唐突に爽やかな声が割り込んだ。
「ゴブリンじゃないなら不死者か?」
近づく気配にまったく気づかなかったカイとグレンが振り向くと、白銀の全身鎧に明らかにレアな長剣を携えた剣士がアキオに向かって笑いかけていた。アキオが応える。
「そう。リッチがここまで10体ほどの不死者を率いて来ていた。本来はこの森の中層にいる魔物なのに」
「なるほどな。・・もう掃討したのか?」
「不死者はね。リッチには逃げられた」
「ほう、らしくないな。王国数学師のアキオともあろう者が」
「しっかーし、ちゃんとマーキングはしときましたよ」
「ふん、さすがにタダでは転ばぬか」
「そりゃね」
会話からアキオとの付き合いの長さが感じられる。
「そういえば、こちらの2人は?」
カイとグレンは顔を上げて答える。
「数学師のカイです」
「剣士のグレンです」
アキオが付け加える。
「城でも噂になってた、2人目の数学師だよ。先に戦ってたんだ」
「ほほう。では私も名乗ろう。アリア王国近衛騎士団団長、ヒイロだ」
「っっ!ア、アリア王国の剣士の頂点とも言われている、剣聖ヒイロ!!?」
グレンが顎を落としそうな勢いで叫んだ。そんなグレンに微笑みながらアキオが言う。
「まぁ、ヒイロも揃ったところで。ここで立ち話は何だから、君たちの街に行こうか?」
4人はトスカナの街に戻るため、リホームを唱えるのだった。
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