逃亡
木の影から、30代ほどの男がスッと現れた。黒い髪は、短くもなく長くもない。身長も170㎝ほどだろうか。黒い瞳は、真摯な光を湛えている。見た目に、特に特徴はない。どこにでもいそうな平均的男性。
しかし、その笑顔は印象的だ。こんな状況でも、何だか安心できるような気持ちになる。大丈夫と語りかけていつような、そんな笑顔だった。
男は、細かい装飾が施された白い杖を掲げ、詠唱を始める。
「代数学の父、ディオファントスの名の元に、一元一次方程式、および一元二次方程式よ。解の契約に従い、その解を我に示せ。アルゴリズム!」
その瞬間、不死者たち動きがピタリと止まった。グレンも現れた男を驚愕の顔で見つめている。
そして、数式にも変化が起きていた。カイが一度解いた数式はリセットされ、新しい数式になっているがそれらも今まで見たことのない表示になっている。
下級不死者A:
7x-21=0
7x=21
x=3
下級不死者B:
-9x+63=0
-9x=-63
x=7
下級不死者C:
3x+57=0
3x=-57
x=-19
下級不死者D:
6x-80=0
6x=80
x=6/80
x=3/40
下級不死者E:
21x+63=0
21x=-63
x=-3
下級不死者F:
-2x+31=0
-2x=-31
x=31/2
下級不死者G:
-3x+60=0
-3x=-60
x=20
下級不死者H:
4x=-62
2x=-31
x=-31/2
下級不死者I;
6x=88
3x=44
x=44/3
下級不死者J:
10x-35=0
10x=35
2x=7
x=7/2
中級不死者A:
x^2+3x-40=0
(x+8)(x-5)=0
x=-8,5
中級不死者B:
x^2+5x+1=0
x=-5±√25-4×1×1/2×1
x=-5±√21/2
中級不死者C:
5x^2-45=0
5x^2=45
x^2=9
x=±3
カイの数眼も、解までの途中式までもが、明らかな状態で示されていることを映している。
男は、落ち着いた声で詠唱を続ける。
「灼熱の翼をもつ神聖なる火の眷属よ、我に仇なす敵に炎の裁きを与えたまえ。出でよ、朱雀!」
地面に巨大な光る魔法陣が広がっていく。魔法陣全体が光り輝き、その光の中から炎をまとった巨大な鳥が出現した。
4枚の翼は羽ばたくたびに火の粉を振り撒き、2枚の長い尾羽は黄金に輝いている。翼を広げると体長は20mほどはあるだろう。
朱雀は力強く羽ばたき、高度を高くとった。甲高く鳴くと炎は朱雀全体を勢いよく包む。そのまま、朱雀は不死者たちに向かって一直線に突っ込んだ。
男の数術によって、一切の動きを止めた不死者たちは、うめき声を上げることなく光となって消えていく。
「き、貴様は何者だ?」
リッチはそれまでの余裕をかなぐり捨てて、男に向かって叫んだ。
「数学師のアキオ。リッチ、本来もっと深い場所いるはずのお前がこんなところまで出てきた目的はなんだ?」
「ふん。貴様の疑問に答える義理はない」
「そうか・・・しょうがないな。デスサイズ」
その時、アキオの持っていた白い杖は漆黒に変わっていた。そして、その先端の金色のオーブを包むように、大きな鎌の刃が現れた。杖の両方の先端には小さな槍のような刃がついている。
これは、近接攻撃数術。グングニル以外では初めて見る。
漆黒の鎌を持ったアキオは、リッチに向かってゆっくり歩きだした。
そう思った次の瞬間には、なんとリッチの正面にアキオは移動していた。瞬間移動をしたかのような移動スピードだ。
カイのいる場所からも、リッチが予想外の展開に動けなくなっていることがよく分かる。
アキオは、漆黒の鎌を縦に一閃させる。
リッチの右腕は杖を持ったまま、切り飛ばされた。
「っっ!エスケイプ!」
リッチの姿は右腕を残して消えていた。
「ふぅ、逃がしたか。ファントムボルトでもかけておくべきだったな」
アキオはそう言うと、2人に向かって笑いかけながら言った。
「大丈夫だった?少し話せる?」
いつの間にか朱雀は姿を消し、カイの隣にはグレンが寄り添っていた。
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