毒と麻痺
中級不死者:x^2-121=0 ※「^」は指数を表す。「x^2」→「xの2乗」
下級不死者:(3/5)x-9=0 ※「/」は分数を表す。「3/5」→「5分の3」
数式から判断するに、中級不死者は中級としては、レベルが低い。下級不死者は下級としては、まぁまぁのレベルか。下級不死者は布切れのようなものしか装備していないが、中級になると軽く武装しているし、動きも速い。
「カイ!武装してる方を俺が抑えるから、魔法頼むぞ!」
「たのむ!」
カイは敵を視界にとらえながら、思考を進める。
中級不死者:x^2=121
下級不死者:(3/5)x=9
移項が成立したとき、数術のリストがひらかれる。全体に対して数術を放つときは、相対的に威力が弱くなる。そのことを考慮して、
「スロウグリーンッ」
スロウグリーンは対象の動きを強制的に抑える数術だ。グレンと打ち合っていた中級不死者の動きも鈍り、グレンが圧し始めたことを視界の端でとらえた。
そのとき、カイは後ろに気配を感じた。身を捻るようにして振り返る。
油断。
下級不死者が両手を振り上げている。カイは両手をエックスの形にして、防御姿勢をとる。
「グォオ!」
両手に鈍い痛みを感じた。不衛生に伸びた爪に浅く切られたようだ。
「チッ」
2体の敵が視界に入るように、距離をとろうと駆けだしたとき、足が思い通りに動かないことに気づく。
毒。
運が悪い。辛うじて2、3歩後退り距離をとる。スロウグリーンが効いているせいか、攻撃態勢に入らなければ動きは遅い。
ゴブリンの宝杖を握りしめ、近接攻撃数術を発動させる。
「グングニルッ」
ゴブリンの宝杖の先端に埋め込まれてある緑のオーブを包むようにして、槍の大きな刃が現れる。一見すると重そうだが、槍の刃部分は羽のような重さしかない。
カイは杖から槍に姿が変わった相棒を、右上段から一閃させる。
「オォォオォ・・」
下級不死者は白い光に包まれ消えていく。
近接攻撃数術は、会敵したときから発動させることが可能な数術で、カイは1種類しか唱えることができない。そもそも、他に近接攻撃数術があるのかもわからないが。
グングニルには、近接攻撃数術と遠距離攻撃数術がある。
遠距離の方は赤い光の槍が敵に向かって幾筋も飛んでいく数術。無属性の数術としては、カイが唱えることができる数術で最強。
近接の方は、杖や棒の先端に、槍の刃を出現させて近距離格闘できるようにする数術。切れ味はなかなかで、ピンチのときには頼りになる。だが、相手を倒せるかどうかは、カイの体力と運動能力に依存することになる。だから、カイは近接攻撃数術をあまり使いたくないと思っていた。
「カイ!大丈夫か?こっちも頼む!」
グレンの方を見ると、中級不死者にかけたデバフのスロウグリーンがきれかけている。途中にしてあった数式に意識を集中し、仕上げを施す。
中級不死者:x=11
解へたどり着いた、と感じたが先ほどと同じ数術のリスト。変化はない。何か間違えたか?とりあえず、
「グレン!右に離れろ!・・ファイアボルトッ」
杖の先端から槍の刃が消え、赤い輝きが収束する。次の瞬間、炎が中級不死者に向かって駆けていく。
「グオオォオオォ」
「やったか!?」
グレンが叫ぶ。
手応えはない。しばらくはファイアボルトの効果で燃え続けているが、それも束の間だろう。このファイアボルトの次に使える数術がリストにない。
「いや、まだだ!グレン、最後の仕上げを頼む!」
「わかった!うぉらぁー!!」
グレンは中級不死者の脇を駆け抜けながら、自慢のゴブリンの大剣を横一文字に払う。
「グオォォオォ」
中級不死者を白い光が包み、後にはオーブが残される。
カイはその場に座り込むと、毒のために震える手で、革袋から解毒ドリンクを取り出す。大剣を背中におさめたグレンが、横にしゃがみこんだ。
「毒、くらったんだろ?ドリンクのフタ開けてやるよ」
パキュ。
「サンキュー」
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ・・・。栄養ドリンクのような薬品味だが、効き目は抜群だ。30秒ほどで痺れはとれる。
「はぁー、・・油断した。悪かったな」
グレンに片手でスマンというジェスチャをする。
「いや、カイの魔法があるからここまで楽、できてるさ。・・一人ならここまで来ない」
「魔法じゃない、数術だ。それにしても、いつもより奥まで来たように感じるけど、トロフィーに会わないな」
「噂通り、いつもより不死者の数はすごく多いけどね。もう何十体倒した?」
「23体までは覚えてたけどな。・・・世界樹の森全体からしたら、俺たちのいる場所なんて入口とほとんど変わらないのかな」
そのとき、2人の背後から不気味な声が話に割り込んできた。
「そのとおり。ここはまだ、森の入口に過ぎん。そして、お前たちはここで死ぬ。・・ファントムボルト」
一定時間、麻痺を付加する数術をなぜ敵が使えるのか。
驚きよりも速く、黄色い電流が2人を襲った。