Cafeλにて
「ピリリリリ、ピリリリリ、ピリリ」
煩い目覚まし時計をとめる。嘘みたいな話だが、ここにも目覚まし時計がある。どうやって動いているかというと、オーブの力。
現実世界でも、電力はそのままエネルギーとして使うこともできるけれど、電気分解をして水素をつくることもできる。オーブの力はそれ自体が電力のようなもので、この異世界では、万能なエネルギー源として重宝されている。しかも、ビー玉サイズでも、かなりの容量があり、目覚まし時計くらいなら交換の必要がない。たとえるなら、超高性能全固体電池の異世界版。
そんなオーブは高値で取り引きされる。そこで、オーブを集めるオーブハンターやオーブを買い取るオーブ屋など、オーブを生業として生きている人も多い。
今日、一緒にパーティを組むグレンもオーブハンター兼冒険者だ。では自分はというと、やはり生活のためにオーブをお金に替えているからオーブハンターか。でも、あちらこちらをまわりながら、能力の強化とこの世界のことをもっと知ろうとしているのは、冒険者とも言える。いや、放浪者の方が似合っているかもしれない。
そんなことを考えながら、石鹸で顔を洗うと着替えがてら装備を確認していく。
武器:ゴブリンの宝杖 魔力:35 攻撃力:50
防具:法術のローブ 魔法防御:50 物理防御:20
アクセサリー:エラトステネスのリング 効果:素因数分解時にアシスト
魔力を編み込んだ革袋:ブラックベアードリンク(体力回復効果中)×10
解毒ドリンク(解毒効果)×5
ゴブリンのオーブ(白)×24
ゴブリンのオーブ(青)×3
お金(50,000G)
装備の確認をしたら、待ち合わせ場所に向かう。いつものように、会ったら軽く腹ごしらえをして冒険に行くことにしている。そのときにどこに行くか決めることがほとんどで、あらかじめ行く場所が決まっていることは稀だ。
自宅にしている借家(少し古い平屋の一軒家で小さい庭もついていて気に入っている。)を出て、街の中心地へ向かう。拠点にしているこの街はカナトス。古い街で、年代物の建物も多く残っている。
近くにながれるカナトス川沿いの道を下っていく。時計台までは約1.5キロの距離だ。中心地からそれると自然も多く残っているので、散歩したり水浴びをしたりする人もいる。時計台は街のシンボルのようなもので、カナトス公園の中央広場に建っている。
少しずつイタリア風の教会や建物が増えてきた。街の雰囲気はイタリアに似ているのではと思っている。(行ったことがないので想像だが)店も多く、オシャレなカフェやレストラン、居酒屋があちらこちらにある。正直、こんな異世界だったから絶望せずにすんだと心から思っている。
石畳の道を抜けて、カナトス公園に入った。手をつないで歩く若いカップルや子供連れの家族、ランニングや散歩をしている人、それぞれが楽しそうだ。今日も中央広場は待ち合わせをしている人でひしめいていた。特に時計台はかなりメジャーな待ち合わせスポットで、同じ冒険者風の者からデートであろうカップルまで色々な風貌な人間で溢れている。
時間は8時55分。待ち合わせ5分前。いつものように待っていると、8時58分にグレンが現れた。
「ごめんごめん。待たせた?」
グレンが軽く手を合わせる。
「いや、2、3分だな」
「じゃあ、いつもんとこ行こっか?」
「おう」
いつもんとこ、とはCafeλだ。この公園からほど近く、テラス席も多い。そして、モーニングを11時までやっていて、その内容が充実している。
λに着いてテラス席に落ち着いた。晴れているときはテラス席だ。
「あら、いらっしゃい。今日もオーブハント?」
シータとよく似たセミロングの黒髪をお団子にまとめたイータが、水が入ったグラスを笑顔で置いてくれる。シータとイータは姉妹でシータはシグマで、イータはλで働いている。イータの方が姉で身長も高く、声も少しハスキィで洗練された美しさ。ルックスがいいのはシータと同じだが、シータを可愛い系とするなら、イータは綺麗系だろう。東京の大企業の受付や航空機の添乗員をしていそうな雰囲気だ。当然、人気があり、ファンクラブがあるとかないとか。
「そうなんです。まだ行き先は決まってないんですけど」
カイがそう答えると、間髪入れずにグレンが言った。
「いや、行きたいところは考えてあるんだ。今日は森に行きたい」
「森?何でまた、森なの?」
カイは怪訝そうな顔で聞き返す。
「実は、最近、森では大量の不死者が徘徊しているらしい。オーブ屋から仕入れた情報だけど、何でも不死者を操っているヤツが奥にいるらしい」
不死者とは、ゾンビのことだ。森には元々、この手の魔物がいるものだが、操っている魔物は初めてだ。
「聞いているだけで恐ろしいわ。2人とも、命は1つしかないんだから、無理しちゃだめよ。それで、注文はいつものにモーニングセットでよかったかしら?」
イータは心配そうな顔をしながら言った。
「それでお願いします」
グレンとの見事な合唱に、可憐にウィンクをしてイータが厨房にオーダーを伝えに行く。
「それにしても、不死者を操る者って・・・ネクロマンサーってやつか」
「ネクロマンサー?カイはその操っている魔物、知ってるのか?」
「いや、俗にそう言うんだよ。キョンシーとか操る・・・」
「キョンシー?何だそれ?」
これ以上は話がややこしくなってしまうので、撤退する。
「いやいや、忘れてくれ。とにかく、不死者を操る者のことをネクロマンサーって呼ぶんだよ」
「へぇー・・・っで、カイはそのネクロマンサーと戦ったことあるの?」
「いや、ない。知識だけだな」
「なーんだ。・・・噂によると、結構ヤバイらしいんだ」
「ヤバイっていうのは強いってこと?」
「そう。・・・もう分かってるだけでハンターが5人、這う這うの体でリホームしてきて、その内の2人は入院送りだ」
なるほど。それは、なかなかの難易度だ。この異世界では、リホームなどの呪文により、死亡のリスクは低い。戦闘になって、敵わないと思った時点でリホームすればいいからだ。
しかし、リホームをする隙もなく攻撃されたり飽和攻撃を受けた場合、重傷を負うことがある。つまり、このネクロマンサーはリホームの隙がつくれないほどの強敵である可能性がある。
「これはグレンとパーティを組んでしか挑戦できそうにない案件だな」
苦笑いを浮かべながらカイは言った。
「俺も、これはカイとパーティを組まないと行けないわ」
「だけど、これはもしかすると、とんでもないお宝が出るかもしれないな」
「そこだよ。これは赤が出るかもしれないな」
赤とは、オーブの色のことだ。今、確認されているだけで、オーブの輝きには、白、青、緑、赤があると言われている。カイがもっている武器、ゴブリンの宝杖の先端には、緑の輝きを放つ野球ボールほどの大きさのオーブが填め込まれている。見つかっているものの中では、輝きは2番目にレアなオーブだ。
また、大きさもビー玉大サイズ、野球ボールサイズ、サッカーボールサイズが見つかっている。大きければ大きいほど力は強い。
これまで見つかったものの中で、最上位は、ビー玉大サイズの赤。これだけで、カナトスの街の電力の2年分を賄える。
もし、この魔物を討伐したときに出るオーブが、野球ボールほどの赤だったらこれまでのレコードを更新することになる。
それに、魔物を討伐したときにアーティファクトというレアなアイテムがドロップすることがある。アーティファクトは、ただのアイテムではなく、その全てが逸品だと言われている。
カイが持っている、ゴブリンの宝杖もアーティファクトで、平原ゴブリン旅団の戦いのとき、指揮官のゴブリン長を倒したときにドロップしたものである。
通常の杖より数術をいくらか強化することができ、杖にしては攻撃力が高いことが特徴だ。
「おまたせ。スープモーニングよ」
イータが優雅に料理の皿をテーブルに並べる。
カイとグレンはいつもスープモーニングを注文する。トースト2枚とたっぷりのグリーンサラダ。フォークで切ったときに、僅かにトロリと、黄身がとろける半熟玉子焼き。表面がカリッとするまで焼いた、厚めにカットしたベーコン。そして、じゃがいもやニンジン、玉ねぎとウィンナーをコンソメで味付けしたポトフ。ポトフはしっかり煮込まれ、スープの表面にはウィンナーから染み出た油の膜がはっている。これだけついて、ドリンクの値段+500Gである。
「ちゃんと逃げてくる算段は、念入りにするのよ?じゃあ、ごゆっくり」
笑顔でイータが下がっていく。カイとグレンは笑顔でありがとうと言うと、
「まぁ、とりあえず、熱いうちにいただこうか!」
グレンが言った。
「そうだな。まぁ、2人ならなんとかなるか!」
カイはそう応えると、プルプルの玉子焼きにフォークを差し入れた。