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将来の夢

あれは小学六年生、道徳の授業中に出された課題だった。将来の夢を書いてくるという内容で一枚の紙が配られた。当時の僕には淡く抱く思いみたいなものはあったが、具体的にこれになりたいと胸を張って言える夢など持ち合わせていなかった。期限は3日後の金曜日で改めて考える時間などない。その日の夕方、家に帰って埃を被った勉強机に向かい殴り書きに近いなんとか解読できる字で、その“課題”を難なく終わらせた。

 その週末の土・日は平日学校で約束していた友達と、公園でサッカーをしたり家でテレビゲームをしたりして、少し土の付いて汚れた服のまま家に戻り、夕食を食べ風呂も入らず寝床についた。

 翌朝、いつも通り目覚ましに気づかず母に起こされ、目をこすりながら階段を降りる。ダイニングテーブルには昨日の父の飲み終わったビールの空き缶の横に食パンが袋に入ったまま置かれていた。横から母の、座って食べなさい、マーガリンは付けないのとか色々声が聞こえたけれど、構わずその中から一枚少しでも薄く切られたパンを取り出しそのまま口に押し込んだ。昨日お風呂に入らなかったからせめてシャワーだけでも浴びなくてはと急いで浴室に向い体を雑に流して、最後に歯磨きをした。そんな慌ただしい朝を終え、いってきますと家を飛び出す。

 通学班で話しながら、桜の蕾が膨らんできた通学路を通り学校の目の前まで10分くらい。校門の前にはボランティアのおじいちゃんとおばあちゃんが黄色い旗をもって立っていて、おはようと優しい元気な声で声をかけてくれる。何となく恥ずかしい気持ちを抑えながら小さく会釈とあいさつを返し昇降口へと向かった。下駄箱に少し黒ずんできた運動靴を入れ、もう半年も洗っていない上履きに履き替える。

 教室に向かう廊下の途中、後ろからのドタドタとした足音が近づいてくると、突然何かが僕の肩を叩く。少し困ったような、不機嫌そうな顔をした担任の先生が息を少し切らしながらそこに立っていた。先生が言うには、取り敢えずお昼職員室に来てほしいらしい。

 寝耳に水、特に目立つ生徒でなく、問題も起こした覚えのない僕は、不安でその日の授業中もそのことばかり考えてしまった。こないだ少し黒板の端に先生のあだ名を書いたことだろうか、禁止されている駄菓子屋に行ったのがばれたのだろうか。思い返せば色々思い当たる節はあって、とりあえず謝ろうと心に決めた。

 給食を食べ、クラスのみんながチャイムと同時にサッカーボールをもって校庭に向かう中、重い足取りで階段を上がり、3階の端にある職員室のドアをノックをした。どうぞと女の人の柔らかい声とは裏腹に、先生たちの一転に集まる僕への視線いつも恐怖を感じる。

担任の先生の机に向かい、促され椅子に座ると先生が机の上に一枚の紙を取り出した。先週書いた課題の紙だった。殴り書きで書かれたその文字を見て僕は察した。ごめんなさいと先生に向かって浅く頭を下げ、先生の表情を上目で見ると少しうれしそうでだった。

「いやいや、わかってくれればいいんだよ。でもな。将来の夢っていうのは大事なことなんだ。些細な事でもいいからこんな適当に書いた内容じゃなくてちゃんと書いてきなさい。」

なんだか満足感に浸っているような先生の表情と内容に違和感を覚えた。どうやら字の汚さではなくて将来の夢そのものについて怒られたらしい。納得できなかった。僕にとってはサッカー選手とか、医者とかそんなものより、家族がいて、友達がいて、ご飯がおいしくて、ベッドで寝れる、そんな日がこの先の将来も続いていくことが“夢”だったのだから。

 26歳を迎えた今でもその思い、夢は変わっていない。手段は目的にはなりえない。目的があってその中の一部として職業みたいな手段がある。この夢は死ぬまで叶わないけど、矛盾して日々叶い続けている。



5時間目 道徳 課題 3/12までに提出して下さい。


将来の夢「幸せになりたい。」 6年1組 ・・・。

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