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笛吹きの少女

作者: 天野寂
掲載日:2022/03/02

 ある王国、辺境の貴族領。その領都から少し離れた村に、女の子が生まれました。

 やがて女の子は、少女になりました。素朴な笑顔の可愛らしい少女でした。

 少女は笛を好みました。数年前、村に出た大猪の牙で作った横笛でした。

 少女はやがて、笛の名手になりました。村には少女の笛の澄んだ音が響きました。村人はみな音色を楽しみ癒されました。


 村と領都との間には平原がありました。貴族の軍は、よく平原で訓練をしました。


 ある晴れた秋の日でした。その日も軍は、いつもの平原で訓練をしておりました。部隊を二つに分けて戦う、実践形式の訓練です。

 村の近くの側に将軍補佐の部隊が陣取りました。平原の反対側に、将軍の部隊が隊列を組みました。将軍は、周りの国からも名将と呼ばれる人でした。


 不意に、村の方から、小さく笛の音が響いてきました。将軍補佐の隊はこれに聞き惚れました。勇ましいその曲が終わる頃、彼らはふと力がみなぎっていることに気づきました。

「なんだ、この感覚は」

将軍補佐が言いました。

「よく分からんが、なんだかすごいぞ。今なら将軍にも勝てるんじゃないか」

 将軍補佐は無能ではありませんでした。むしろ将軍を名乗るに足るほどの能力を持っていました。しかし将軍との訓練はいつも負け戦で、ずっと勝ちたかったのです。

「今回こそ、勝つぞぉっ!」

将軍補佐は号令をかけ、突撃しました。


 将軍は将軍補佐に敗れました。訓練中ずっと、将軍は驚きっぱなしでした。

「どうなっている! なんだあの士気の高さは? それに動きもいつもよりいい!」

各国に名将と讃えられる将軍が、同数の部隊に負けたのです。

 将軍は敗因に興味を持ちました。


 尋ねると、将軍補佐は笛のお陰だ、と言いました。村から聞こえてきた笛の音を聴くと、力がみなぎってきたのです、と。

 それで、将軍と将軍補佐は村を訪ねました。


 その村は、なんの変哲もない農村でした。村長が村の奥から駆けてきて、二人を出迎えました。村人たちも集まって様子を見ています。

「ようこそお越しくださいました。小さな村ですが、どうぞおくつろぎください」

村長は緊張しているようでした。将軍は肩の階級章を外し、微笑みました。

「いや、どうか気にしないでくれ。ところで、この村に笛を吹く者はいるだろうか。いや、訓練中に聞こえてきて兵たちが励まされたそうでな」

「なるほど、そうでしたか。ええ、笛吹きなら一人おります。我々もよくあの音に励まされて農作業をやっているのです」

 少女が連れてこられ、挨拶をしました。将軍は、いまここで吹いてくれぬか、と頼みました。少女は快諾しました。


「どんなのがいいですか? あまり種類はないですけど」

少女はたずねました。

「吹けるなかで勇ましいのをたのむ」

 少女は吹きはじめました。明るく勇気がわいてくるような曲でした。曲を奏でる少女は楽しそうでした。

 軽やかな始まりから、曲がだんだんと盛り上がり、山場に入りました。そのとたん、将軍と将軍補佐は、体の底から力がみなぎってくるのを感じました。

 曲が終わりました。二人は顔を見合わせ、視線で確認をし合い、少女に向き直りました。

「素晴らしい演奏だった。ありがとう。私は音楽は分からんが、とにかく感動した」

 そう言って、二人は帰ってゆきました。


 帰り道、将軍補佐が言いました。

「やはりあの笛の音のおかげでしたね。しかしつまりは、あの少女の笛があれば凡人が名将にすら勝てるということ。ぜひ領主に知らせねば」

「謙遜するな。お前は凡人じゃない。十分に優秀だよ」

将軍はそう言ってから表情を変えました。

「だがまあ、あんなことが出来るのだ。知ってしまっては報告せざるを得まいな。この国の意志は、帝国を呑み込むことなのだからな......」

将軍は、悲しげにそうつぶやきました。


 それからひと月と経たぬうちに、村に領都からの使いがやってまいりました。

「この村に、笛吹きの少女はいるか。領主様から召集のご指示だ」


 少女は領都にゆき、貴族領の軍に入ることになりました。そして今、準備があるだろうと一度村へ帰ってきたのです。


 少女が独り、領都の宿舎で暮らすという話しは、すぐに村中を回りました。

 村には少女と同年代の子供が幾人かおり、そのうち仲のいい三人が、支度をしている少女のところへやってきました。少女よりひとつ年上の男の子がリック、ひとつ年下の男の子と女の子が、それぞれフィンとチャイです。

 リックは大人たちにいつも

「僕は大人になったらティナと結婚するんだ!」

と言って回るほどに、少女のことが好きでした。またフィンも、

「じゃ、じゃあ、俺はチャイと結婚する」

と、照れ屋な性分を押してまわりに宣言するほどには、チャイのことが好きでした。


 「ティナ、本当に領都に一人で行くのか。一人じゃ不安じゃないか? 僕も付いていっちゃ駄目かな?」

「うん。宿舎には軍の隊員しか滞在できないらしいから......。でも、私は大丈夫。同じ部屋に女の隊員さんがいるらしいから。」

「ティナちゃん、次はいつ会えるの? さびしいなぁ」

「うーん、とりあえず、戦争が起こらなければ半年くらいだって。私の笛を戦術に組み込んだ訓練をして、お互い慣らすのが最初の目標だって」


 荷物をまとめ、少女が馬車に乗り込もうという段になって、いつもより口数の少なかったフィンが口を開きました。フィンはずっと引き止めていましたが、最後には

「ティナ姉、気を付けてね。村のことは俺に任せて。大事な人は、俺がちゃんと守る」

と、一言一言ゆっくりと言いました。大人たちからからかうような野次が飛びます。しかしフィンに気にした様子はありませんでした。ティナはいつになく真剣なフィンの言葉に驚きましたが、微笑みを返して言いました。

「うん。任せた」


 領都で生活を始めたティナは、まず楽器を新調しました。少女の父が作った笛は音の精確さが今一つだったのです。

 少女はまた、有名な笛吹きから笛を教わりました。少女の笛は聴く者の心を震わせるものには富みますが、見るものを感心させる技術は伴っておりませんでした。

 それでも味方を鼓舞するには充分でしたが、領主の貴族が上手い方が良かろうと少女に笛を習わせてくれたのです。領主は少女のことを孫にそうするように可愛がりました。少女の笛は上達し、軍もより精強になりました。


 少女が軍に入り半年が経とうという夜でした。少女は明日の平原での演習を終えたのち、そのまま村へ帰る予定でした。

 突然招集が掛かり、領主の軍は宿舎前に集められました。領主が言いました。

「我が国は明日、帝国に宣戦布告する! 今、名将と笛の聖女を擁する我が国は必ずや帝国軍を撃滅し、世界に王国の強さと正しさを証明するのだ!」

王国と帝国は隣同士の国で、長い間争っていました。王国の民にとって、帝国を倒すことは何世代も前からの願いでした。


 領主の激励のあと、ティナと将軍は彼に呼ばれました。部屋に入ると領主がにこにこと椅子をすすめ、手ずから茶と菓子を出していいました。

「ティナや、先ほどの話は聞いたね。戦争じゃ。しかし安心しておくれ、わしがティナを危険にさらすことはない。ティナは本陣の幕の中で笛を吹けばよい。それなら敵に姿を見られ狙われる心配もないだろう」

領主はそう言ってうんうんとうなずき、それから、将軍に向かって話しました。

「それで、わしとティナ、将軍の部隊は王都の本隊と合流して国境の川へゆくぞ。おそらくそこが主戦場になる。ここの守りは副将の部隊に任せる」

「はい」

将軍はゆっくりと、深くうなずきました。


部屋を出て、少女と将軍は並んで歩きました。将軍は黙っていました。少女も黙っていました。

「ティナ」

将軍が少女の名を呼びました。少女ははいと言いました。

「こんなことに、巻き込んでしまって、申し訳ないと思っている」

少女は黙っていました。何と返事すればよいか、わからなかったのです。

「べつに、兵が強くなった理由など、放っておけばよかったのだ。まぐれだ、気のせいだ。私の腕が鈍ったのだとでも言っておけばよかった。私の部隊は強くしてはいけなかったのに……」

少女は何も言いませんでした。少女は半年のうちに、将軍の頭の良さをよく知っていたので、今度のことも、将軍だけが気づいていることがあるのだろうと思いました。

「ティナよ。君を巻き込んだ私の責任だ。君の村は、副長に絶対に守らせる。この戦争が終わったら、君は軍を抜けて村で平穏に暮らすんだ」

少女はありがとうございます、といい、それで将軍と別れました。少女にわかったのは、将軍は戦争を嫌がっているということでした。


 戦争が始まり、少女のいる戦場がやはり主戦場となりました。しかしその光景は、戦争と言うにはあまりに一方的でした。帝国の歩兵たちは無抵抗に見えるほどあっさりと打ち破られ、唯一、英雄と呼ばれる男が、その人間離れした能力で対抗し、戦争の体裁を保っているのでした。

 帝国は焦り、理由を探しました。


 そしてティナにたどり着きました。



 その日もたらされた知らせは、少女の村の人々が捕虜になったと言うものでした。


 帝国から、ティナを引き渡せという要求がされました。首脳たちは、ティナには教えず、このまま帝国を降伏させて捕虜を奪還すると決めました。


 戦争は、王国の勝利で終わりました。王国軍は着々と侵攻をすすめ、帝都に踏み入ったのです。自棄になった帝国民に処刑されかかっていた捕虜の一人を、身を挺して助けたとある貴族軍の将軍の人生は、棺桶に新たな勲章を入れられて幕を閉じました。


 ティナは将軍の言葉どおり、軍を抜けて村へ帰りました。村があったところには、露出した地面と炭がありました。

 彼女が呆然としていると、二人の青年が近づいてきました。

「おかえり……ティナ」

リックとフィンでした。

 二人は、ティナが村に帰ってくると聞いたので、村はもうないと伝え、新しい村へ連れて行くために来たといいます。

「ほら、ティナは俺たちの話を聞いてなかったんだよ」

呆然としているティナをよそに、リックがフィンに言いました。

「仕方がなかったんだよ、知らないものは。確かに――」

「そうじゃないんだよ!」

リックの声を遮って、フィンが叫びました。ティナは驚いて振り返りました。

「仕方ないとか、そういう話じゃないんだよ。仕方なくても、チャイは戻ってこないんだよ。だから……俺は、諦めたのに!! 戦争なんだからこんなこともあるって、無理矢理自分を誤魔化して! チャイの運が悪かったんだとか、心の中でさえ言いたくないことを自分に言い聞かせて!! ……そうやって自分を納得させたのに、お前は! 何なんだよ! 慰めなのか知らないけど、適当なこと言いやがって! そのたびに俺は後悔してるんだぞ!」

ティナははじめて、チャイが処刑されたことを知りました。


「……ティナ姉にも、八つ当たりなのはわかってるけど、言わせてほしい。俺は止めたよな。俺たちのことを考えてくれって。俺の言葉の意味、良く考えたか? 考えたんなら分かるだろう。ティナ姉は脅威だ。それを止めるために俺たちが狙われる。ティナの人質に使えるから。分かるだろう。なあ……分かるよな、俺も。俺が守るとか、なんにもできないくせに。ふざけんなよ、馬鹿が……」

ティナは、フィンの言葉の意味を今更理解しました。同時に、将軍の苦しみも理解しました。フィンは泣いていました。ティナも目の奥が熱くなるのを感じました。しかし彼女は涙をこらえました。フィンの後悔に比べれば、自分は決して泣いてはいけないと思いました。


 ティナは、鼻をすすって立ち上がりました。そして、村の跡を背に何歩か歩きました。

「ごめんね。私のせいで、みんなをつらい目に遭わせて」

それだけ言うと、腰にさした笛を構えました。かつて彼女の父親が作ってくれた、音程のわるい笛です。彼女は、これ以上彼らに言えることはないと思いました。



『遠くから葉擦れの音が近づいてきます。

 そして風と共に通り過ぎました。

 一瞬の静寂ののちに、ティナは吹き始めました。どこか不安を煽るような響きが辺りを支配します。

 曲はやがてテンポが上がり、勇ましい旋律へと移り変わります。

 そしてクレシェンドとともに不穏な響きが混じり、

 辺りに沈黙が舞い降ります。

 小さく聞こえてきたのは、優しく、どこか哀しげな音色です。それはみなの傷ついた心に寄り添うように舞い踊り、やがて空高くへと昇ってゆきます……。』


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