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36話・その先はお預けです


「明日からジェモさんとセラさん、復帰するんだろう?」

「ええ。すっかり体調が良くなったって昼間、マエラが言っていたわね」


 我が家の通いの使用人夫妻は、今まで長期の休暇を取っていた。夫のジェモさんがぎっくり腰が直ったので、夫の付き添いと介護で休みを取っていた奥さんのセラさんも復帰することになる。

ベルは馬小屋の前に高く積まれた干し草の上に座り、その隣にわたしを促した。見上げると空には満月と無数の星が輝いていた。鈴虫の鳴き声が聞こえてくる。


「わあ、ふかふか」

「なかなか良いだろう?」

「天然のソファーみたい」

「きみは面白いことを言うね」


 干し草の上に座るなんて発想すらなかった。以外とふかふかしているものだと思う。しばらく二人で隣り合って空を見上げていたら、横から声がした。


「ロザリー。きみに会えて良かった。もしも、きみに会っていなかったなら僕は悪童のまま育ち、モンタギュー家にとって今も鼻つまみ者だったかも知れない」

「わたしもあなたに会えて良かった。悪童のあなたは可愛らしさの欠片もなかったけど、今のあなたには好感しか持てないわ」

「ありがとう」

「わたし、ベルのことが好きよ。あなたの過去も含めて全部ね」

「僕もロザリーが好きだ。過去世のことも含めてきみを愛おしく思っている」

「ベル」

「ロザリー」


 ベルサザの顔が近づいて来たので目を瞑った時だった。


「なんだ。ここにいたのか?」

「二人揃っていなくなったからどこへ行ったのかと思ったぞ?」


 干し草の横から父とロマーノ小父さまが顔を出したから驚いた。


「ワーッ」

「きゃあっ」


 ベルサザは驚きのあまり、干し草に背から倒れ込み、慌てて彼の腕を引いて起こそうとしたのに、逆に引っ張られて干し草まみれになった。


「伯父上、オヤジさん。邪魔するなよな」

「いやあ、私は止めようと言ったのだよ。だけどジオンがね……」

「娘の貞操の危機のような気がしてな」


 ロマーノ小父さまは目を泳がせ、父はきっぱり言い切った。


「ふたりとも正式に婚礼するまでは清い仲でな。ベル、娘との婚約は許可したが、手を出すのとはまた別だからな」

「はい。もちろんです。オヤジさん。お約束は守ります」


 7年経って良い子になったベルサザは、父に従順になっていた。そこはちょっとぐらい、悪くても良いんじゃない? 少しつまらないなと思っていたら、父が小父さまと踵を返して屋敷に戻っていくのを見送ってから、ベルサザが耳もとで囁いてきた。


「最後まで手を出さないけど、途中まではしても良い?」

「今日はお預け。また今度、お父さまに見つからない程度にね」


 ベルサザの声に色気のようなものを感じて頷きかけたけど、そこは前世の記憶であることを思い出して乗り切った。

 前世、祖母が言っていたのだ。


『男はみんな狼。若い男の子ほど、そういったことを覚えるとしたがるから容易に体を許しちゃ駄目だよ』と。


 その祖母の言葉がここで思い出されたのは、単なる偶然でもないような気がする。流されて生きては駄目だと言うことなのだろう。


 なぜこの世界にわたしが転生したのかは分からない。でも、祖母の言葉をバイブルに今日も、明日もわたしはこの世界を生き抜いて行こうと思っている。


「つれないな。そんなきみも好きだけど」

「……!」


 そう言って不意打ちで、ベルサザの顔が近づいたと思ったら頬に生温かなものが触れた感触が残った。そこに手をやると微笑まれる。


「明日はここを頂くよ」


 そう言って唇に彼の人差し指が触れた。


「今日でも良いわよ」

「本当?」


 ベルサザに別に断りを入れなくともいいのにと言えば、再び顔が近づいて来た。干し草の香りに包まれて私のファーストキスは奪われた。


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