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29話・10年前の出来事

 あれは10年前の、父に手を引かれてキャピュレットを訪れた時のこと。わたしは7歳になっていた。

父はキャピュレット家の嫡男だったが、先代当主から勘当され家を追われていた。でもその先代当主が亡くなり、父の実弟である叔父が当主となると、父の勘当は解かれることとなる。


 父は一族のなかで剣術に優れ、将来有望として期待されていたようで、父の勘当を親戚達は非常に残念がっていたという。その為、父の勘当が解け再会を喜ぶ者達は多かった。でも、その一方で良く思わない者もいた。


 わたしは父からキャピュレット家を勘当されたのは、許嫁との婚約解消を望み、跡継ぎの座を蹴ったからだと聞かされていたけど、なぜかキャピュレット家では、平民出身の母と貴賤結婚した為、勘当されたと信じる者が少なくなかった。

 当主の叔父は愛娘と、その母方の従兄であるティボルトを紹介してくれた。奥方さまは体調が悪く寝付いているとかで会えなかった。4歳になるジュリエットは、天使のように愛らしかった。


「あなたがロザライン? ロザリーってよんでもいい? よろしくね」と、受け入れてくれた。

そしてティボルトは、その横でぶっきらぼうに挨拶してきた。父の仕事柄、大人達に囲まれて育ったわたしは、同じ世代の子と出会って嬉しかったし、彼の態度が新鮮に感じられて興味を持った。


 ジュリエットに「あっちであそぼう」と、手を引かれて中庭に連れ出されると、彼も一人稽古をすると言いながらついてきた。わたし達が隠れんぼや、鬼ごっこをして遊んでいる脇で、彼は熱心に剣の素振りをしていた。しばらくするとジュリエットは、わたしの胸元で光る銀のロケットペンダントの存在に目を留めた。


「なあに? それ。みせて」

「あっ。だめ。これはたいせつなものなの」

「いいじゃない? ちょっとだけ。かして」

「これだけはだめ。かんべんして、ジュリエット」

「ロザリーのいじわる~」


 彼女の手が伸びてきたので、それを拒んだ時だった。ジュリエットが泣き出し、わたし達から少し距離を取り大木に身を預けていたティボルトが飛んで来た。


「おまえ、ジュリになにをした?」

「なにもしてない」

「そんなはずないだろう?」


 言い争うわたし達を止めようとしたのか、ジュリエットが口を挟んだがしゃくりあげていて、きちんとした言葉になっていなかったのが悪かった。


「あの……違う……、ジュリの……、ペン……ダント……」


 わたしの胸元を指さすジュリエットを見て、ティボルトは勘違いした。


「おまえ、ジュリからペンダントをとりあげたのか?」

「ちがう。これはわたしのっ」

「どうだかな。おばさまがいっていたぞ。おまえはいいなずけをよこどりした、どろぼうねこのむすめだって。だれもみてないからと、ジュリからとりあげたんだろう?」

「ちがうわ。それはわたしのよ」


 その言葉に胸を鷲づかみにされたような思いがした。ティボルトは亡き母のことを、蔑むような言葉をぶつけてきた。母は誰かのものを取るような人じゃない。自分だって嘘はついていない。それなのに彼は信じてくれなかった。


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