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23話・それは駄目だ


「あれってジュリエット嬢じゃないか?」

「でもジュリエットは、部屋で監禁されているはずなのに?」


 おかしなことがあるものだ。彼女は人目を避けるようにフードを被っていたが、フードからこぼれ出た髪色と姿勢から、見慣れたわたしにはジュリエットにしか思えなかった。


「どこ行くのかしら?」


 裏通りを迷わずに進む彼女が向かう先には、古びた修道院しかないのに。ベルサザと顔を見合わせると、彼が後を付けてみようと言い出した。

 ジュリエットが向かったのは、古くからある堅強な修道院でそのドアの前に立ち、ノッカーを掴んで三回ノックしていた。するとドアから一人の中年修道僧が顔を出し、中へと彼女を促す。


 その修道院はかつて修道僧達が沢山いたと聞くが、わたしが物心ついた時には、ロレンス僧一人しかいなかった。皆、ご高齢で寿命を迎え天に召されたのだと聞いていた。

 ロレンス修道僧は、薬草を取り扱い、それを売ることで生活が成り立っていた。 

監禁されていたはずのジュリエットが屋敷を抜け出してまで、ロレンス僧を訪ねて来たことに、ただ事でないものを感じた。

 ロレンス僧は、前世のわたしが知る「ロミオとジュリエット」の物語にも出てくる。彼は重要なキーマンだ。


 お互いの家が対立し合うなか、惹かれあうロミオとジュリエットは、ロレンス僧に頼んで秘密結婚をあげてしまうのだ。ロレンス僧はキャピュレット家と、モンタギュー家の抗争がこれで落ち着いてくれたならと思い、善意で二人を結婚させた。ジュリエットは、何をしにここまで来たのだろう? 


──キャピュレット家夫人は、娘可愛さに神をも恐れない所業をしでかそうとしたのだよ。


 不意にロミオの言葉が脳裏に蘇った。その言葉の意味を考える。叔母は愛娘であるジュリエットを可愛がっていたが、ティボルトへの思いも同等か、それ以上のようにも感じられていた。

 わたしは、叔母のお気に入りの甥と婚姻という形となって、風当たりがきつくなったのは当然だけど、一つだけ解せないものがあった。


 愛娘とティボルトの婚姻を、その叔母が認めようとしないことだ。叔父の方は二人に絆されそうになったらしいが、それを強く止めたと聞く。わたしとティボルトの婚約は、嫌々認めたあの叔母がである。二人の婚姻は強く否定したらしい。

 二人が深い仲にあることを知った叔母は、ジュリエットを「尻軽娘が!」と罵り、ティボルトには「どうしてジュリエットに手を出した? おまえには婚約者がいたのに!」と、激高し詰ったと聞く。

てっきり二人の仲を認めるものと思われていた、叔母の態度の変化に侍女らも困惑したようだ。


 最後にはゾッとするようなゴミでも見るような目つきで一言、「汚らわしい、顔も見たくない!」と、言い放ったらしく、母親には擁護してもらえると思っていたジュリエットはショックを受け、ティボルトは深く項垂れていたそうだ。


 わたしはベルサザと音を忍ばせて、ドアへと近づいた。ドアは木で出来ていて厚みはあるものの、防音には向いていないようだ。ボソボソと二人の話が漏れて聞こえてきた。


「ロレンスさま。あなただけが頼りなのです」

「お願いだ。ロレンス修道僧。この通りだ」

「お母さまには反対されてしまって……。でも、わたし達は想い合っているのです。どうかわたし達の為に婚姻式をあげてもらえないでしょうか?」


 中にいるのは二人だけかと思ったのに、もう一人いたようだ。聞き覚えのある声。かすれてはいたけど、ティボルトに間違いなかった。彼はジュリエットより先に、ロレンス修道僧のもとを訪ねて来ていたようだ。彼らの会話を聞いてどうしようか? と、思った時、隣にいたベルサザが動いた。


「それは駄目だ」

「ベル……!」


 彼が中に飛び込んでいく。わたしは慌てて彼の後に続いた。一斉に3人の目がこちらを向いた。


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