隠恋慕
────あなたを気になり出したのは高校生の頃。
古びた教室の窓側、前から四番目の席で頬杖を付くあなたに見蕩れてしまったの。
白南風の吹く青空を背景にしたあなたの横顔は正に絵画的で一目見て、心惹かれた。
この時はまだ話し掛ける勇気なんて持っていなくって、遠くから見ているだけ。ただそれだけで満足だった。
どうにかあなたの友達伝手にあなたの進学先を知ることが出来た。
当時の私の学力では到底及ばないレベルの高い学校だと知り愕然としたけれど、あなたに追い付くために私は必死で努力した。
この受験に合格したら、あなたに告白しようと心に決めてね。
勉強した甲斐あってか私は無事大学受験に合格。あなたも当然合格していて二人で入学式を迎えたよね。
その日に意を決した私はあなたに告白したんだけど。憶えてる?
でもね、どういう訳かあなたには既に恋人が出来ていたの。
あなたはつい一ヶ月程前から付き合いだしたと言って、私の元から去って行っちゃった。
あの時は本当に悔しかった。
だって、私の方がずっとずっと、ずっと前から好きだったのに。この恋心をひた隠して勉強に励んできたのに…。あなたは見ず知らずの泥棒猫に取られてしまっていたんだから……。
その日から途方も無い後悔に襲われたの。
どうしてもっと早くあなたに声を掛けなかったのか、どうしてあの女より早くに気持ちを伝えなかったのか、どうしてどうしてどうしてどうして……。
とても冷静では居られなかった。
憎くて恨めしくて、忌々しかった。早く別れてしまえとも思った。
気付けばあなたは別れていて、随分と傷心しているようだった。
だから私はチャンスだと思って、あなたに摺り寄った。
一時の慰めでも、都合の良い女として扱われても良い。ただあなたを手に入れたいって、そう思ってた。
その願いが通じたのか、あなたは思惑通り私を抱いてくれた。凄く嬉しかった。心も体も全部があなたで満たされていて、とても気持ちが良かったの。
でもね…。
あなたは少し時間が経ったら、独りになりたいって言い出した。
そんなのズルいよね。私だって一度あなたを知ってしまったんだもの。欲だって出ちゃうよ。
追い縋る私にあなたは薄っぺらい言い訳で私から離れていったよね。
意味が分からなかった。
だってそうでしょう?
人に傷付けられた痛みなら人にしか癒すことはできない。
だからあなたは私を求めたんじゃないの?
なら傷付いた私のことは誰が癒してくれるの?
一時は自分を見失い掛けた。
でも落ち着いて考えてみれば悪いのは私でもなく、あなたでもなく、タイミングなんだって思うようになった。
だから、あなたが独りで立ち上がるのを傍で見守ることに決めたの。
いつか二人が本当の意味で結ばれるその日まで。
なのに…。
なのに気付けばまた違う女とイチャついて。別れてはまた別の女とくっついて…。それの繰り返し。
私が何度あなたに声を掛けてもあなたは私を遠ざけてばかり。
ハッキリと嫌いだからと言ってくれれば良いものを、何かと遠回しな言い方で私をキープする。
なら期待するのも無理ないよね?
あなたがそうしたんだから、しょうがないよね?
────ねぇ聴いてる?
両手足をガムテープで縛り付けられたあなたは怯える目で私を見上げる。
「んんッ」
ガムテープで猿轡されたあなたの泣き出しそうな表情が堪らなく愛おしく感じる。
「前の家を引き払って引越ししちゃうんだもん。探すの大変だったんだよ?」
「んんんッ───!」
あれほど手にしたかったあなたが、今こうして私の目の前で無防備に横たわっている。
「やっと会えたんだから、ね?もっと喜んでよ」
私はそっとあなたの頬を撫でる。
「私ね、考えたの。私とあなたの二人が幸せになる方法」
「んん、ん」
私はリビングから台所に移動する。
シンク下にある扉を開いて包丁差しから一本の包丁を取り出した。
蛍光灯の光を鈍く反射する包丁を見て口元が緩む。
「んんんッ!んん!んーーー!」
「そんなに喜ばないで」
私はあなたの左太ももに包丁を突き立てる。
「んんんんんーーーーーッ!!!」
痛みからかあなたは目をひん剥いて涙を流していた。
あなたが何て言うのか聞きたくて、私は猿轡を外す。
溺れていたみたいに必死で息を吸って、情けない嗚咽交じりの声を漏らす。
「も、もういいよ…」
あなたは諭すような目で私を見る。
「何が?」
「はぁ、はぁ…もう、君の気持ちは分かったから」
「まだだよ」
私はあなたの太ももから包丁を引き抜くと、今度は右脇腹に包丁を振り下ろした。
「んああああっぁぁぁぁぁッ!!!あああぁッ、あぁッ、ぁー、ひゅぅ…。ふぅ、ふぅ……」
「まだ全然…何も分かってないよ。逆に何が分かったの?ねぇ?ねぇッ?ねぇ?!!」
「ぁー…ぁー…き、君がッ、はぁ、俺のことを、好きだって…ことを」
「今更?」
「はぁ、はぁ、はぁ。ごめん…。でも、ッ、これからは二人でッ……生きよう」
脇腹に刺さったままの包丁を私はグリグリと捻り回す。
ブジュブジュと肉を押し広げる感触と赤黒い血と空気が混ざり合って泡が立つ。
もっともっとと力を入れるとあなたの背中から貫通した切先が頭を覗かせた。
「ああああッ!やめ、止めってッ」
「…………もういいよ」
勢い良く引き抜くと、血濡れた肉片が包丁のアゴにくっついて一緒になって引き摺り出てくる。
「私…嘘吐く人って嫌い」
あなたの両足に巻き付けたガムテープを切り取る。
痛みに悶えるあなたを横目にズボンを滑り下ろして、あなたの大事な一物を晒す。
それを左手で掴むと、ねっとりと汗ばんでいた。
酸っかい臭いのするあなたの一物を丁寧に根元から舐め上げる。
そのまま咥えて吮ぶってみた。
「あぁッ…なにして──」
「やっぱり、こういう時は勃たないんだね」
手で扱きながら様子を見るけど、フニャフニャのまま変わらない。
「つまらないの」
「脚、開いて」
「な、なんで?」
あなたのぱっくり割れた左太ももの傷口に人差し指と中指を押し込む。
中は生温かくて、ザラリとした感触が伝わってくる。
「ああああああッ!!!」
私が指を動かす度、ビクビクと筋肉が締め付けてくる。
「良いから脚開いて」
痛みと恐怖で怯えるあなたの両脚を無理矢理拡げる。
太ももから指を抜いた私は包丁を振り上げた。
「ちょっと待てッ何する気だ!?」
「こうするの」
掲げた包丁を振り下ろす。
あなたの一物のすぐ横を抜けて床に包丁が突き刺さる。
「ふふっ。さっきよりも縮こまっちゃったね」
「はぁー。はぁー。」
「さっき嘘吐いた罰だよ?」
床に突き刺さった刃先を支点にして、切断機の砥石を下ろすみたいに包丁を倒す。
あなたの一物の先端がぷっくりと膨らんだかと思うと、すぐに萎びれる。
「あーーーーがッ!」
肉棒の三分の二程まで刃が深々と入り込む。
包丁を引き上げると首の皮一枚で繋がってる一物の先端が無残に揺れ動いていた。
溢れ出す血潮が棒全体に纏わり付いてチョコバナナみたいだった。
「ぁー、ぁー、ぁー、こッ、こん゛な゛こ゛としても、ッ、無意味だぞ」
「どうして?」
「お前は、ぁー、ぁー。どうせすぐにッ、警察に捕まる、からだ」
「捕まらないよ?私」
「ぁー、ぁー」
「だって私達ここで死ぬんだもん」
私は包丁を振り上げる。
「だから、捕まらないよ?」
「やぁめぇッ!!ああああぁっぁぁぁッーーー!!!!!」
あなたの右太ももに包丁を突き立てた。
もう言葉なんて必要無かった。
私は何度も包丁を刺しては引き抜いて、刺しては引き抜いて…。
まるで男と女がベッドでするみたいに、それを繰り返す。
何度も何度も何度も何度も……。
気付くとあなたは目を見開いたまま微動だにしなくなっていた。
蓮の葉みたく、穴だらけで肉の捲れ上がった体は最早原型を留めてはいない。
綺麗に残しておいたあなたの顔にキスをする。
今度は私の番だ。
私は部屋の窓や換気口、ドアの空き間など、隙間という隙間をガムテープで覆っていく。
密閉された空間はあなたの濃い血の匂いで満たされている。
あなたと私の静謐な世界。
二人だけの幸せな場所。
「やっと…見つけた……」
七輪に容れた練炭に火を点す。
煙が炭の臭いと共に部屋中へと充満していく。
段々と呼吸が苦しくなる。
もうあなたの血の匂いもしない。
四肢の末端から徐々に痺れを感じ始める。
あなたの横で座っているのも苦しくなる。
横になってあなたと辛うじて手を繋いだ。
もう体のどこも動かせる気がしない。
ひた隠しにしてきた恋慕の情…。
あなたと過ごした日々を回顧して思う。
嗚呼、あなたに恋した日々はとても楽しいものだった。
だって、今こうして二人で一緒に居られるのだから……。