8 カリスマってこういうことか
美形書くのわくわくするけど難しい!シルリヤが魅力的に見えていたら嬉しいです。
背中に伝わる体温が離れると、なんだか肌寒く感じる。
ゆっくりと振り返れば頭1つ分ほど上にあるシルリヤの目と視線が交わった。
しかし彼は表情も変えずにぼくから目をそらし、静かに横を通り過ぎると、様々な感情入り交じる状態の人々に話しかけた。
「状況を確認したい。しばし待たれよ」
高すぎず低すぎない落ち着いた声は、なぜか会場の端までよく通った。
シルリヤの効果は絶大で、すぐに部屋全体が静まり返ったことに驚く。
「ラップ……と、なぜ貴女がここへおられるのか」
シルリヤは事態を確認するため、近くに立っていたラップの名を呼んだ。
しかしラップの後ろからひょこっと顔を覗かせた例の少女を見つけると、片手で顔を覆い呆れた様子で問いかけた。
「ひま……命の恩人に会いに来たんじゃよ」
確実に最初の漏れ出ていた『暇』が本音なのだろうが、少女は嬉しそうにスキップしてぼくの元まで寄ってくる。
そして自然とぼくの片腕は彼女の両腕によって絡めとられた。その近さに胸が高鳴る。
シルリヤはいぶかしげにぼく達を見比べた。
「ほぉ、この少年にあなたの命を救えるほどの力があるとでも?」
「誰かの純粋な優しさはそれくらいのパワーを秘めているものよ」
命の恩人というのは、先ほど彼女がバルコニーから落ちた際のことではないみたいだ。
だって幽霊疑惑のある彼女は、もしかしたら落ちても怪我なんかしなかったのかもしれない。
シルリヤまで見えない存在と話しだすと、さすがに静かにしていた人たちも再びーーしかし先ほどよりかは落ち着いた様子でーー話し合いを始めた。
この雰囲気に、シルリヤは気がついてまた全体に聞こえる声で話し出した。
「ああ、そう言えば見えていない者もいるのだな。私が今話しているのは“風”の意思が実体化したものだ。私は風から生まれた風を司る神……なので、まぁ母親みたいな存在だ」
さらりと謎の少女の正体が明かされた。
ぼくは驚いて彼女を見つめた。
目が合うと彼女は、満面の笑みでさらにぎゅっとしがみついてきた。
風と言われてもわからない。だって触れ合うと感触もあるし温かみすら感じる。
シルリヤが説明を続けた。
「この国の民はこの風が見えるものと見えないものにわかれている。見えるものは私とともに風を支えるものに、見えないものは風の祝福を受けて国を支えるものに。どちらともバランスがとれているからこの国は続いているのだ」
「では、なぜこんなにも見えないものが多いのですか?」
誰かが問いかけた。
「……風を支えることなんてそんなに人数はいらないのでな。それより重要なのは商人、農民、技術士、研究者、武人……他にも様々な職業を担う者たち全てなのだ」
シルリヤが問いかけた者の方を向き、薄っすら微笑みながら答えると、問いかけた人が「はうっ」と言って胸をおさえ顔を赤らめた。
お気づきだろうか?
シルリヤが現れてから周りの人たちの様子はどこかおかしい。
皆口には出さないが、シルリヤのことが好きと思う気持ちが充満していることが表情だけで見てとれる。
改めて、このシルリヤという王の人気の高さを生で見て感心してしまった。
感心の他に、1つ不安も覚えた。
ぼくは一度違う世界から生まれ変わってこの世界へやって来た。はっきりとした記憶があるため間違いないと信じて今日まで過ごしてきた。
しかし今ぼくの目の前に立つシルリヤは、以前に出会った時の雰囲気とは大幅に違っている。
イメージ的にはもっと自信満々な俺様タイプで、こんなにクールでかっこいい雰囲気ではない。
そしてさっきのぼくを視界に入れた時のあの冷めた目……ぼくのことは知らないって感じだった。
もしかしてぼくが何度も夢見たあの光景は全てぼくの妄想だったのだろうか?
だとしたらぼくが知っているあちらの世界とはなんなのだろうか。妄想にしては情報が多すぎる。
今すぐにでもシルリヤに問い詰めたい。でもそこではっきりと「知らない」と言われたらどうしたら良いのだろうか。
考えれば考えるほどわからなくなって泣きたくなった。
色々考え込んで気落ちしていたぼくの頭を、隣りに居た少女が優しく撫でてくれた。
「なんじゃお主、急に迷子みたいな顔をして」
風という抽象的なものが正体の彼女なのに、なんだか母の温もりのようなものが感じられた。
彼女に撫でてもらい幾分か気持ちが落ち着いたぼくは、黙って先の成り行きを見守ることに決めた。
シルリヤへ視線を向け直すと、ばちっとまた目があった。シルリヤはじっとこちらを見ながら全員に話を続けた。
「今回、私が募集したのは私の付き人だ。それにはどうしても風が見えてある程度気に入られる者が望ましい。2次試験の通過者は2人と聞いていたが、どうやら風はこの少年をすでに少し気に入りだしているようだ。彼をこのまま帰してしまうことは私にはできない……皆にはせっかく平等に試験を受けてもらい申し訳ないが、最終試験は彼を含めた3人で行いたい」
さすがに王という立場で頭までは下げないが、申し訳なさそうに眉を下げるシルリヤの表情は、憂いを帯びていて艶やかだ。
ぼくは今すごい光景を目にしている。
魔性、いや、信仰とは恐ろしい。
先ほど不満を上げていた者たちがシルリヤの言葉に納得し、すんなりと帰っていくではないか。
時折、シルリヤから離れるのが惜しいのか、何度も振り返る者もいたが、それでもじょじょに会場から人が減っていった。
すっかり寂しい様子となった会場は、シルリヤ、少女、ラップ、ワインド、チョーク、そしてぼくの6人だけが残っていた。
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