7 幽霊少女
動き出すぞ~!
扉の前に立っていたのは先ほど中庭で出会った美しい少女だった。
なぜ今ここに来たんだろう? と考えていると周りが口々に戸惑いの声を上げた。
それはそうだろう。こんなに美しい容姿の人なんて中々見かけないし、ぼくだって先ほど見た彼女の輝く瞳が頭から離れない。
でもよく聞くとみんなは何か別のことに戸惑っているみたいだった。
「あんな重いドア、勝手に開くわけねぇよな?」
「誰かのイタズラか? 廊下の外に隠れているのか?」
「もしかして……幽霊?!」
幽霊?
言っていることが飲み込めなかった。
だって確かに彼女は扉の前に立っている。
え、見えるのぼくだけってことないよね?!
「あなた様は……なぜここに」
人々の隙間からラップが走り出て来て扉の前の少女に話しかけた。その表情は驚きを隠せていない。
良かった! 他にも見えてる人いた!
「ほほほ、今日はとても楽しいことをするとシルリヤから聞いておってな。さて、もう結果発表が終わったようじゃがーー合格者はどこに?」
少女がまた見た目と声に合わない話し方でラップに問いかけた。
「あちらの2人です」
ラップは丁寧にワインドとチョークのいる場所を少女に伝える。
少女がそちらに顔を向けるとワインドが一礼したのが見えた。
どうやらワインドには彼女が見えているらしく安心した。
ワインドに遅れてチョークも一礼する。彼にも見えているのだろうか。
「おいおい、ラップさんは一体誰と話しているんだ?」
ぼくの隣にいた人がそう呟いた。
やっぱり大半の人には少女の姿が見えていないようだ。
姿が見えないことも気になるが、聞き間違いでなければ先ほどシルリヤと呼び捨てにしていた彼女は一体何者なのだろう?
臣下の中では地位の高そうなラップが緊張しているので、だいぶ偉い人なのは一目瞭然なのだが……。
ワインドとチョークを見た少女は首を大きく横にひねり、何かを考える素振りを見せた。
「んん~? 2人ぃ? 本当にあの2人なのか?」
「え、ええ……」
彼女は「ん~?」とかわいく唸りながら会場を見渡した。
そしてぼくと目が合うとぱっと顔に笑顔を咲かせた。
少女がぱたぱたと小走りでぼくに近づいてくる。
「お主ぃ~! なんじゃ落ちてしもうたのかぁ~!」
間近まで来ると少女はニコニコと笑顔で話しかけてきた。
満開の花のような美しい笑顔を見たぼくは、壊れたおもちゃのように首を縦にぶんぶん振ることが精一杯だった。
しかし周りには少女のことが見えていないため、急に首を降り出したおかしなぼくに、先ほど隣にいた人もそっとぼくから離れていった。
「ラァップゥ~! ほんにお主は真面目な奴じゃのぉ。素質に気づいておっても真剣にやらん者はやはり好まぬか」
「お言葉ですが好き嫌いではなく公平にジャッジしたまでのこと……」
厳しい雰囲気は残っているが、確実にあのラップが強くは出られない相手……やはりこの少女はシルリヤの血縁に違いないとぼくは確信した。
急にやって来た嵐のような彼女に、ぼくは嫌な予感が拭えなかった。
「ぬぅ~……では少しだけ遊ばせてもらおうかの」
「一体何を……?」
「いいじゃろ? 少しだけじゃ……合格者以外よう聞いておけ! 今から10秒以内に今のわしと同じポーズをとれ! では始める。いーち、にーい」
急に始まった少女の遊び。
彼女は片手でピースサインをしたままカウントを始めた。
突然のことでわけがわからず少女を凝視していたが、彼女の方から「やってくれぬのか?!」と悲しそうな視線が飛んできたので思わずピースサインを返した。
しかし思えばこれで何人が彼女のことを視認できているのかわかるということだ。
ぼくはポーズを崩さずに周りを見回してみた。
そこにはぼく以外にピースサインを作っている者は誰もいなかった。
「じゅーう! これでわかったじゃろラップ。こやつが貴重な存在であることが」
貴重な存在? 少女が見えるということは貴重なのか? もしかして素質というのは陰陽師的ななにかなのか?
「それはわかりました。だが試験は終了しました。今さらこいつを合格に変えるなんてことは……」
合格に変えるだって?!
ラップの言葉は聞こえるため、置いてけぼりにされていた全員が一斉にぼくたちへ目を向けた。
「またあいつか」
「なんだ、もしかしてラップさんに賄賂でも渡したんじゃないか?」
「どこまで人を舐めてるんだ」
会場内に不満の空気が溜まってくる。試験は終了だというのに人々は帰ろうとはせず今にも暴動が起きそうな雰囲気だった。
そんな時、またしても誰かが開いた扉から音もなく入ってきた。
しかしラップとぼくを中心に視線が集まっているため、誰もそのことには気が付かない。
怒りを抱えた人達に気圧されて、ぼくは1歩2歩と後退りをする。
3歩目……気がつけば後ろに人がいたみたいでぽすりと誰かの胸板に頭が当たった。
後ろにいた人はぼくの両肩に手を置き、こけないようにぼくを優しく支えてくれた。
「何をしている。お前たち」
頭上から怒り混じりの声が降ってきた。ぼくはその声にすごく聞き覚えがあり、身体が石になってしまったかのように固まってしまった。
先ほどまで怒っていた人たちは、なぜか頬を赤らめ嬉しそうな表情を浮かべていた。
中にはありがたそうに拝む者までいる。
え、今そんな状況? と思ったがやはりそれだけこの人は皆に慕われているのだろう。
そう、ぼくの後ろにいた男はこの国の王、シルリヤ=ヴァ=ウィンドだった。
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