5 中庭と不思議な少女
女の子の髪型は2つくくりが大好きです。
結果発表を聞くまで帰ることは許されないため、ぼくは時間つぶしに中庭へとやって来た。
なぜ中庭なのかと言うと、試験会場の部屋から出た後、廊下に控えていた兵士さんに王宮内をうろつかれるのは困るから、とここまで連れてきてもらったのだ。
「くれぐれも中庭から出ないように」
たくましい兵士さんはそうぼくに言い聞かし、王宮の中へと戻って行った。
どうやら中庭だけなら自由に動いても良いとのことなので、ぼくはゆっくり散策することにした。
さっきの試験中にも上空からここが見えていたけど、地上から見て改めてすごく趣向を凝らした庭だと思った。
隅から隅まで手入れが行き届いた庭には、水が空中に向かって螺旋状に噴き出している噴水に、植物の蔦を絡ませてできたアーチ、植木は魚に星にハートと色々な形に整えられていた。
ぼくは暫くアトラクションを楽しむかのように歩き回っていたが、時々奥の方から試験の歓声やブザーの音が空気に乗ってぼくの耳まで流れてくるので、とうとうぼくは立ち止まって音のする方へと目を凝らした。
ここからは位置的に植木に阻まれて試験会場は見えないが、空中を走る受験者の姿はちらちらと葉の隙間から見ることができた。
もしぼくがあの時一生懸命走っていたらーー後悔はないはずなのにそんな考えが頭をよぎりすぐに首を振る。
一度は神様の気まぐれで人生をやり直すことができたぼくだが、それは奇跡に近いことだってわかっている。
自分で決めて進んだ道はできるだけ後悔のないようにしたい。
もう二度と自分の人生を誰かのせいにして殻に閉じこもりたくはなかったからだ。
「なぁお主、なんでさっき手を抜いたんじゃ?」
頭の中をぐるぐると思考が駆けめぐっている時に、ぼくの頭上から少女の声が聞こえてきた。
振り返って見上げると、ちょうどぼくの立っている場所のすこし後ろにバルコニーがあって、そこから不思議な容姿をした幼い少女がぼくのことを見つめていた。
目が合っているということはやっぱりぼくに話しかけているのだろう。
見た目はぼくよりずっと年下なのに、話し方は年配の人みたいですごく違和感があるなと思った。
彼女が動くたびに上の方で2つに結った長い髪がさらさらと揺れている。その髪色は輝くエメラルドグリーンで、色白な肌と相まって少女はとても神秘的で美しかった。
これだけ整った容姿の子でここにいるってことは……もしかしてシルリヤの妹なのか?
あの口ぶりだとぼくが試験を受けている時もどこかで見ていたのだろう。
そう思うと恥ずかしくなり、ぼくは彼女に一礼をして足早にここを去ることにした。
「おい! 急にどこへ行く気じゃ! えっ、ちょっと待って……きゃっ!」
少女の驚いた声が聞こえて振り返ると、身を乗り出した彼女が手を滑らせバルコニーから落ちようとしていた。
目に入った瞬間、ぼくは精一杯空を蹴っていた。
そして地面すれすれのところで彼女を両腕に掬い取り、衝撃を和らげるためさらに足を動かし、先程少女が立っていたバルコニーへと着地することができた。
ぎゅっと瞑っていた彼女の目が恐る恐る開かれる。
その瞳も髪と同じくきれいなエメラルド色で、恐怖で濡れた瞳がキラキラと輝きまるで宝石のようだった。
「あ、ありがとう……」
抱き上げていた少女をゆっくりと地面におろすと、少女は顔を赤くしながらお礼を言った。
先程までの威勢の良さは消え、今は打って変わってしおらしい。
特にどこも怪我はないようなので、ぼくはバルコニーから飛び降りて建物の中へ戻ることにした。
「あ……もう行ってしまうのか? まだわしの問いに答えてないぞ?!」
すぐに調子を取り戻した少女がわーわーとまた騒ぎ出したが、2度も落ちはしないだろうと、ぼくは足早に彼女の元から逃げ出した。
本気を出さなかった理由なんて嘘でも真実でも他人に話したくはない。
さて、気まずくて思わず中へ入ってしまったが、時間的にまだ試験は続いているだろう。
とりあえず来た道を戻っていると、先程中庭まで案内してくれた兵士がどこからか現れた。
「なんだ、もういいのか?」
急に出てきたのでドキドキと驚きながら反射的に頷くと、兵士はまた試験会場まで先導してくれた。
会場に辿り着くと兵士にお礼を言ってから扉を開けた。
静かに入り込んで、扉近くの壁に背中をくっつける。
「おお、おかえり! ちょうどあと2人で終わるところだぞ」
なぜかワインドがぼくの隣に立っていた。そして普通に話しかけてきた。
驚いたぼくはまた廊下に戻ろうとしたが、ワインドに腕を掴まれて阻止される。
諦めてワインドに向き直ると、あまり表情豊かではないワインドが少し悲しそうな顔をしていた。
「なぁ、オレのことが嫌いという理由じゃないなら避けないでほしい……短い付き合いだが君のことはいい友人だと思っているんだ」
まさかワインドがぼくに対してそんなことを思っていたなんて……。
ワインドと話してみて彼が嘘をつくタイプではないことはわかっていた。ということはこれは本音だと言うことで、すごい人がぼくなんかをいい友人と呼んでくれることに対してじわじわと顔が熱くなってくる。
照れるぼくに向けてワインドがさらに言葉を続けた。
「先ほどの試験のことならオレは気にしていない。人には人の事情があるだろうからな。ただもし何か困りごとがあって助けが必要なら、遠慮なくオレを頼ってくれ」
にこりと男前な笑みを浮かべるワインドはぼくなんかとは違ってとても器の大きい男だ。
彼がシルリヤの付き人になるのが1番いいと思った。
シルリヤも逃げ腰なぼくよりワインドの方が友として良い関係を築けるだろう。
そうだ、ぼくは町へ帰ったら皆にワインドっていうかっこいい人と出会ったことを自慢してやろう。
はぁ~~、解決解決っと。
……。
…………。
………………。
絶対これが正解だろ?
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