3 再会する、する、しない!
美形と会うのか?会わないのか?
「ああ! 心配していたんだよ!」
市場を抜けると途端に人通りは少なくなり、両親とすぐに合流することができた。
ぼくの無事を確認した2人が安堵の息を漏らす。
「ほうら、王宮までもうすぐだ」
父が指を差す。
王宮が建つ方向を目指して歩いてきたので、先程から目には入っていたのだが、近づいてみると改めてその巨大な岩の塊に圧倒された。
シルリヤの住む王宮は、谷の底に住むぼくたちを見守るかのように、岩山の1番天辺に建っていた。
むき出しの岩山はとても頑丈そうで高さもあった。
「ここからは私達は入れないから、お前1人で行きなさい」
岩山の真下まで来ると父がぼくにそう告げる。
ぼくは頷いてさらに1人で進んでいくと、鎧を纏った兵士が声をかけてきた。
「シルリヤ王の付き人選考会に参加の方でしょうか? 合格通知書を確認します」
どうやらここで受付をしないといけないみたいだ。
ぼくは肩に下げていたショルダーバッグの中から通知書を取り出して兵士に見せた。
「確かに。それではあちらへどうぞ」
紙に目を通すとすんなり頷いた兵士に、やはりこの合格通知書が本物だったことがわかる。
そうなるとやはり仕組んだのはシルリヤ本人なのだろうか?
もしくは両親が勝手に応募してとぼけているだけなのか?
どちらにせよぼくは今日の審査でわざと落ちようと思っている。
だって学校との両立は大変そうだし、今は人生が楽しい。シルリヤもきっとわかってくれるだろう。
兵士が指を差した場所には、水晶のように透明な柱が4本、均等な間隔で四方に立っていた。
「中に入ったら風が上まで運んでくれるので、慌てずじっとしていてくださいね」
鎧を装着しているため顔は見えないが、優しい声色で案内をしてくれる兵士に一礼をして、ぼくは教えられた通り柱に囲まれた場所に足を乗せた。
その場所は常に風が発生しているようで、片足を乗せた時点ですでに身体が浮き始めていた。
もう1本の足を動かし身体を全てスペースの中に入れ込むと、一気に上昇する。
そして瞬きする間に岩ばかりの景色が、翡翠の煌めきを持つ王宮へと変わった。
岩山の頂上へつくと、先程の柱と同じ素材のような石が、今度は薄い正方形の形で空中に固定されていた。
吹き上がる風がこの石のお陰で、これ以上は空へいけないようになっていた。
ぼくはその板状の石に両手をついて、ペタペタと前へ進むように交互に手を動かした。
先ほどと同じくまず片足から地面につけると、ふっと身体に重力が戻ってきた。
まったく慣れていないぼくは、そのままバランスを崩して前のめりに倒れてしまった。
思いっきり転んでしまった醜態に、しばらく地面に突っ伏したまま動くことができなかった。
「大丈夫か?」
ぼくがいる場所より少し離れた辺りから、心配そうな声と共に誰かが駆け寄ってきた。
きっと門番の兵士だろう。
ぼくは差し出された手を取りつつ顔を上げた。
「おや? 君は……まさか君もシルリヤ様の付き人の試験に来たのか? 実はオレもなんだ」
兵士と思った人物はつい先刻ぼくにパンケーキをご馳走してくれた男だった。
「オレの名前はワインド。よろしく」
ワインドは自己紹介を交えながらも、ぼくを立ち上がらせて服についた土埃を軽く払ってくれた。
パンケーキの件も含めてワインドという男の好感度は上がっていくばかりだ。
「さあ、そろそろ中に入ろうか」
正直ぼくは王宮という異質な場所に飛び込むことが不安だったため、ここでワインドと出会い一緒に行動できることはありがたい。
堂々と歩く彼の少し後ろについて、ぼくはとうとう王宮の中へと足を踏み入れた。
広い玄関口から中を見渡すと、先程の透明な石でできた調度品があちらこちらに飾られていた。
物珍しそうに見ているとワインドがぼくの様子に気が付き足を止めた。
「どうしたさっきからウェスネスを見つめて……ああ、まだ授業で習っていないのか」
ウェスネスって言うのか。ぼくが頷くとワインドがその石について説明してくれた。
「ウェスネスはこの国の鉱山で採れる鉱石なんだ。岩に”固定”されて生えているウェスネスは”切り離し”て他の場所に”固定”することができる。さっきの空中に固定されていたものは特に高度な技術が必要なんだ。この石を好きに扱えるのは厳しい試験を乗り越えたひと握りの職人だけなのさ」
この世界にはファンタジー要素がたくさん散りばめられているので、さっき石を見たときも『なんか不思議な力で浮いてるんだなー』と思っていたが、まさか職人技が必要だったとは……。
「ちなみに職人に向いているかの簡単な適性検査があって、机の上に片手でつまんだコインを一発で立てて置けるかって方法なんだ。興味があったら今度やってみな」
どこの世界でもコインは一度は立てようとするんだ……。そう言えば前世の時にテレビで河原の石をすごいバランスで積んでいく人とか大道芸人が高さのある皿を手に乗せて一輪車に乗っていたりしたな。
今度友達とやってみようとこっそり思った。
「お前たち! そこで何をもたついているんだ!」
ワインドにウェスネスのことを教えてもらっていたら、ハスキーな女性の声が聞こえてきた。
声の方に顔を向けると廊下の奥の部屋の扉が開いていて、そこに黒いスーツを身にまとった人が仁王立ちでこちらを睨みつけている。
ワインドについて駆け足で近付くと、ぼく達を呼んだのは吊り上がった形の赤いフレームの眼鏡が特徴的な女性だった。
「2次試験を受けに来たのだろう? お前たちが最後だぞ……まったく、時間にルーズでよく付き人を目指そうと思ったな」
女性が厳しい言葉を放つ後ろで、先に来ていた周りの受験者達がぼく達を嘲笑う。
その様子にすぐにでも帰りたくなったが、ワインドがぼくの前に出てぼくをかばうように謝罪をしたので、その後ろでぼくもぺこぺこと頭を下げた。
「もういい、部屋に入れ……では改めて、今回試験を監督するラップだ。よろしく」
ラップはメガネの横の部分に人差し指と中指を添えてくいっと上げ直した。
レンズの奥から覗く冷たい瞳に先程まで笑っていた者達も緊張の面持ちになる。
「2次試験では実技を行い、その成績が優秀な者だけが最終試験に残ることができる。皆、是非頑張ってくれたまえ」
2次が終わるとその次が最終試験なのか……特に他の人が反応していないってことは元々公表されていたことなのかな?
「なお、この実技試験からシルリヤ様もご覧になられる。皆失礼のないように。それではシルリヤ様、よろしくお願いします」
ラップの言葉に今度は会場全体がざわついた。
先程僕たちが通ってきた扉とは反対にある扉の前に兵士2人が向かい、ギギギ……と扉をゆっくり開いていく。
そして、全員が注目する中入ってきたのは、シルリヤではなかった。
「ラ、ラップ様……実は……」
青白い顔をして入ってきた兵士の男に耳打ちをされたラップの表情は、驚きから徐々に般若へと変わっていった。
一体シルリヤに何があったのだろうかと、受験者達はラップの説明を待った。
暫くして落ち着いたのか、ラップがやっと口を開いた。
「……んんっ、中断してすまない。どうやら王は急用ができたので、最後の試験のみ参加されるとのことだ」
突然の変更に、美しい王を見る機会が奪われた面々からは落胆の声が上がった。
どうせなら一目見てから帰りたい。そこはぼくも同じ気持ちだ。
でも、残念だけどぼくは2次試験で落ちるのだ。
全力を出しても落ちるのかもしれないけど、ぼくは全力で手を抜くことを決めている。
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