もう1人のぼくとぼく
意思疎通
『Connected』
これで3度目だ。いよいよ夢だとは信じ難い。
だけど、今回はなぜか女性の声が右耳からしか聞こえなかった。
「教授。質問よろしいでしょうか」
「おお、 くん。いつも熱心だね君は」
目の前で白髪の老人が目尻のシワを深くして微笑んだ。
ぼくは声を出していないのに、誰かがぼくの中にいて、代わりに会話をしている。
恐らく、今ぼくの意識が入っている人物は、前の世界の成長したぼくなのだろう。
その証拠に、教授と呼んだ人からも懐かしい名前を呼ばれていた。
1つわかったことと言えば、前の世界のぼくが生きたまま成長していることだ。
でもそうなると、ぼくは一体何なんだろう?
「では、1から作り出すには材料が足りないと?」
「うむ。今挙げた物だけでは難しいだろう」
ぼくが恐怖に震える中、2人は何やら難しい話をしている。
前の世界のぼくは一体何を作りたいんだろう?
「ねぇ、何を作りたいの?」
試しに声を出してみたら、なんと喋ることができた。
同時に自分の両目がかっと見開く感覚がした。
「……すみません教授。用事を思い出しました。また今度質問をしに来ても良いですか?」
「あ、ああ。いつでも来なさい」
「ありがとうございます。失礼します」
早口で教授に別れを告げ、ぼくは早足でその場から遠ざかる。
やばい。イライラしている。怒られちゃうかも。
「……俺が良いと言うまで一言も喋るなよ?」
小声で呟かれたその言葉は、ぼくに向けて言ってることだとわかる。
思わず縦に何度も頷くと、「それもやめろ!」とまたしても注意された。
「あ、 やっほー! この後さぁ、皆でご飯行くんだけど、 もどぉ?」
「 ー! またサークルの飲み来てくれよなぁ」
「もう帰んの? ばいばーい!」
この間もそうだけど、このぼくはとても人気者だ。
歩くだけで知り合いに出会い話しかけられる。
それを軽くいなしながら大学の外へと飛び出した。
どうやらぼくは大学の近くに住んでいるらしい。
近くのマンションのエントランスへ入ると、慣れたようにエレベーターに乗り込んだ。
目的の階に到着すると、1番奥の角部屋のドアにカバンから取り出したカギを差し込んだ。
部屋に入るとまず廊下の電気をつけて、カバンを置き、洗面所に向かい手洗いうがいを行う。
この間一切無言である。
部屋の間取りは1Kのようで、奥の部屋に生活すべてが詰まっていた。
恐らくぼくが1番はじめにこの体に入り込んだときに居た部屋と同じ場所だろう。
その証拠にあの時の綺麗な白猫がぼくの足元にすり寄ってきた。
それに気がついたもう1人のぼくが、かがんで猫を優しく撫でた。
「待たせたな。もう声を出していいぞ」
ぼくから許しの言葉を得た。
「あの……君ってぼくなの?」
同じ体で同じ声なのに、雰囲気が全然違うと、なんだかここに2人いるようにさえ感じた。
「ほぉ、そこからなのか」
「なにが? あの、ここはぼくが捨てた世界だよね? なんでぼくがまだ居て、大学で人気者になっているの?」
この質問に、バカにしたような笑いで返された。
「確かにこれはお前が捨てた体で、それを俺が使わせてもらっている。まぁ俺なのだから人気は出て当たり前だろう。煩わしいだけだがな」
使わせてもらっている、ということは体はぼくのものだけど、この人はぼくじゃない別人なんだ! しかもナルシストだ!
「あなたは元々幽霊だったの?」
「まぁそんなとこだ。実体がなかったからお前の体を借りている。お前にはもう別の体があるんだからまさか返せなんて言わないよな?」
この人、ぼくのことどこまで知っているんだろう?
あと、なんだかぼくはこの人を知っている気が……。
「確かにぼくはこの世界に戻りたいとは思わないから、その体は使ってくれて大丈夫だよ……あの、もう1つ聞いてもいい? ぼくの両親はどうしてるかな?」
ぐにゃりと顔が歪む。
勝手に動く感覚は気持ち悪い。
「知るか。あんな奴ら……満足か? ならまたコントローラーを操作して帰ってくれよ」
人差し指でテレビを指すと、そこにはまたYES・Noの選択肢が浮かんでいた。
あれを操作したらまたぼくはあちらの世界で目が覚めるんだろう。
でもこんなに意思疎通できたのも初めてだから、まだ帰るのがもったいなく感じる。
「さ、最後あと1つ! 君……君は今幸せ?」
幸せならなんだかぼくも浮かばれる気がした。
この質問に、ふ、と唇が緩んだ感じがした。体もすこしぽかぽかしてきて、喜んでいる感じが伝わってくる。
「俺自身のことはどうでも良いが、お前が幸せになればなるほど……嬉しく思う」
体が勝手にコントローラーに手を伸ばす。
指がボタンを押そうとしている。
その動作の間にも、ぼくの中で1人の姿が浮かび上がった。
「シル……?」
『Disconnected』
目の前がブラックアウトする中、確かに微笑む彼が見えた。
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